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第23話

「そこの御仁(ごじん)、何をしているんだ?」 「……子供が今朝からぐったりしていて。何か食べられるものがないか探しているんです」 「俺に診せてもらえないか」 「え、ええ」  医学は学校や本でかじっただけだが、この女性よりは詳しい。難しい病でなければ分かるかもしれない。  彼女から赤ん坊を預かると、すぐに異変に気が付いた。 (軽すぎる……身体も熱いし、唇も乾燥しているな) 「あの、私の子は?」 「脱水を起こしてるな。栄養失調も。しばらくろくに食べてないんじゃないか」  手足は細いのにこうして腹が膨れているのは身体の栄養が足りないからだ。それを伝えると、彼女は泣きそうになりながら訴える。 「でも…でも、お金がなくて。何も食べさせてあげられないんです」 「だったら――少し待ってくれ」  女性の腕に赤ん坊を戻して、フィオはもう片方の耳に残っていたの耳飾り(ピアス)を外した。涙のように輝くそれを渡された彼女は、大きく眼を見開いて何回も瞬(まばた)きを繰り返す。 「本物の青玉(サファイア)だ。俺にはもう必要ないものだから、それで医者にかかるなり食べ物を買うなりしてほしい」 「こ、こんな高価なものは……」 「いいんだ。受け取ってくれ」  半ば押付けるようにして耳飾り(ピアス)を渡すと、フィオはすぐに踵を返して活気ある通りへと戻っていった。 「はぁー」  こんなこといつまでも続かない。頭では分かっていても、身体が勝手に動いてしまうのだ。これでは父に対抗できない。  その後もぐるぐると考え事をしながら貧民街を巡り、陽が傾きかけた頃。フィオは小屋の前に舞い戻っていた。 (結局、何も出来なかったな)  玄関の布をくぐろうとしたら、中から不穏な声が聞こえてきてフィオはぴたりと動きを止める。 「まったく、店を無断で五日も休むなんて何を考えているんだい?」  いかにも腹を立てているようなそれには聞き覚えがあった。先日、王都のとある店でも耳にした――。 (これは、ハンス?)  それにもう一つ、よく聞き慣れた声が途切れ途切れに布の外へと漏れてくる。 「仕方、ね…だろっ……ごほ、体調…悪かった、からッ」  いつにも増して息苦しそうなことが、姿を見なくても分かる。それにしても、なぜハンスがここに? 店とは一体何のことか。フィオは二人の会話を理解するだけの情報を持ち合わせていなかった。 「休んだ分はきっちり落とし前つけてもらうからね――この身体で」 「は、ハンス……っ、ぁ…ぅあ」 (レノルフェとハンスは、何を……?)  明らかに様子がおかしい。特にレノルフェの方が。このまま放っておいてはいけない気がする。 「や、め…ハンス……ゃめ、ろッ……」  そんな拒絶の声を聞いたらじっとしていられなかった。布の隙間から顔を覗かせて中の様子をそっと伺う。 「!」  この光景は夢か(うつつ)か。  服を脱がされかけたレノルフェが寝台(ベット)の上でハンスに組み敷かれていた。レノルフェは胸元に顔を(うず)められ、首を左右に力なく振っている。 (これはどういう状況だ? レノルフェは、どうして……)  フィオの元に動揺と困惑が一気に押し寄せてきて、どうすれば良いのか分からない。小屋の中に踏み込むのを躊躇って右往左往しているうちに、偶然落ちていた木の枝を踏みつけてしまった。 「あ――」  パキッという音がする。  しまった、と思うよりも先に布の影に身を隠していた。 「アカネ、か?」 「いや、俺だ。フィオだ」  ばれてしまったのはどうしようもない。フィオは壊れそうなくらい早く脈打つ心臓を鎮めるように胸を押さえつけた。 「悪い、今取り込み中だから…かはっ……そう、だな…水でも、汲んできてくれ」 「わ、分かった。行ってくる」  早口に言うと、逃げるようにしてその場から走り出した。  少し前に教会の鐘が鳴っていたから、川まで行って戻るのは再び鐘が鳴るくらいの時間になる。その頃にはレノルフェとハンスも一段落ついていれば良いのだが。  とにかく、今は混乱した頭をどうにかしたくて、ひたすらに足を動かし続けた。 「はぁ、はあ……あ、桶、忘れた……」  川辺まで来て初めて、自分が手ぶらであることに気が付いた。 「戻るしかない、か」  だがレノルフェの様子からして、帰るのが早すぎても向こうを困らせてしまうかもしれない。  ここでも二の足を踏んでいたら、ふと違和感を覚える。振り向いてみると何人もの視線がフィオに集まっていた。加えて、あちこちでひそひそと話す声がする。 「なぁ、あいつが……」 「そうらしいぜ。昼間、俺の嫁が見たって言うんだ」 (何だ? 皆、いつもと様子が違う)  きょろきょろと辺りを見回しているうちに、フィオの前に一人の男性が寄ってきた。

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