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第24話
「あ、あんた……女や子供に宝石を与えたって話、本当か?」
「ああ。間違いないが」
妙に重苦しい空気の中、フィオは素直に事実を認めた。
すると周りにいた人が血相を変えて近付いてくる。
「やっぱりこの銀髪、そうだったのかよ」
「まだ宝石残ってんのか!?」
「俺達にも分けてくれよ」
「ま、待ってくれ。俺はそんなつもりじゃ……」
ただ、困ってる人を助けたかっただけなのに。どこからともなく現れる人々は、あっという間にフィオの回りを取り囲む。それはもう、身動きが取れないほどに。
その誰もが自分にも物を分けてくれと訴えてくる。さっきの出来事で既に頭がぐちゃぐちゃになっていたのに、一度に大勢の人にせがまれて、もう訳が分からない。
「皆落ち着いてくれ! 俺にはもう金になりそうな物なんてないんだ」
フィオは何も持ってないことを強調するために手の平を見せた。しかし、それが徒(あだ)となってしまう。
「おい、その指輪はなんだ」
「やめろ! これは大切な物なんだ」
右手の人差し指で光るそれは金でできていた。今まで肌身離さず付けてきた母の形見。この指輪だけは譲れない。
それを左手で覆って庇おうとするが、その前に誰かに右手首を捻りあげられてしまった。そのまま高く掲げられ、手首を掴んでいるのが背の高い大男だと気付かされる。
「おれなんか家も家族も失ってここに来たんだ。指輪くらいどうって事ないだろ」
「ちがっ、これは母上の……」
フィオのか細い声は、周囲がさんざんはやし立てるせいでかき消されてしまった。
(何でこんなことに……俺は、どうすれば良かったんだ)
強く掴まれた手には上手く力が入らず、為す術 もなくフィオは指輪をはぎ取られそうになる。
「嫌だ……誰か、助け――」
この場に味方など居ないはずなのに、無意識のうちに叫んでいた。
「ぅぐ!?」
その途端背後から低いうめき声が聞こえてきて、フィオの手首も解放される。後ろを見ると大男が腹を抱えて丸くなっており、周囲の人々も何が起こったのかとざわめき立っていた。
「フィオ、こっちだ」
「えっ?」
人々の隙間から手が伸びてきてフィオの腕を引っ張った。そして男を置き去りにしたまま人混みの中へと巻き込まれる。
「待っ…は、早い……うわ!」
フィオの前を行く人物はすいすいと進んでいくが、一旦開かれた道はすぐに元の形に戻ってしまう。フィオは行く手を阻む人を避けられず次々とぶつかってしまった。
「みんな悪いな! こいつまだ新入りだから貧民街のこと全然知らないんだよ」
やっと群衆を抜けて視界が開ける。
そこには、黒髪の少年が立っていた。
「ア、カネ……?」
少年はフィオを背中に隠すように立つと、威勢良く言う。
「ちょっと前まで貴族だったから皆と感覚がズレてんだよ。オレが言って聞かせるから、このへんで勘弁してくれねぇか」
「なんだよ。そういうことか」
「だったら早く言えよな」
アカネの一言でそれまでフィオの回りに群がっていた人々が、霧が晴れるように引き下がっていく。しばらくすると川辺はいつもの静けさを取り戻していた。
「ほんっと、お前馬鹿だよな」
「ごめん……」
「事情は大体分かったけど、この件についてはフィオが悪いと思うぜ」
「ああ、弁解のしようがないな」
「直接金を与えたんじゃ甘やかしてるのと変わらない。あいつらのため にならないんだよ。そもそもフィオが手を出さなくても、強い奴は生き残って弱い奴は死んでいくんだ」
「………」
叱られているのは分かっているが、胸の奥から安堵がこみ上げているせいで、どこか上の空になってしまう。
アカネに対する感謝と安らぎを最大限の形で表したくて、フィオは彼の背中に腕を回していた。
「なっ、フィオ?」
「ありがとうアカネ。君には助けられてばっかりだ」
「急にどうしたんだよ、しおらしくなりやがって」
「俺、どうしたら良いのか分からなくて頭が一杯一杯になってたんだ。でもアカネが来てくれただけで心が軽くなった。アカネに頼りっきりだったから、君がいると安心してしまうんだ」
依存が強すぎる、と呆れられてもいいからこれだけは言っておきたかった。自分がどれだけアカネを必要としているのか伝えたくて。
「そっか……オレ、フィオとずっと一緒に居たいって思ってるけど、フィオもおんなじ気持ちなのか?」
「おんなじ?」
「昨日言ったじゃん。フィオが来てくれて嬉しいって。オレ、フィオを手放したくない」
フィオの背にアカネの手が触れたかと思うと、きゅっと服を掴まれる。その反応に喜んで、フィオも抱き締めている腕に力を籠めた。
「俺もだよ。アカネと居たいし、居てくれないと困る」
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