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第26話

 フィオが座るやいなや、レノルフェはすぐに本題に入った。 「まず結果から言うと、俺が風邪引いてハンスの店休んだからその分を身体で払えって言われてああなった」 「それは二人が話していたのを聞いたから分かるが、ハンスは何の店をやってるんだ?」 「あー……ゴホッ…お前、髪を売った時にあいつと会ったんだよな?」 「そうだが」  不気味な雰囲気の店だった。商店なのに、品物が置かれていなかったのだから。ハンスもまた掴みどころのない人だった。 「あれはハンスの表の顔だ。それでも違法ぎりぎりのことをやってるけどな」 「違法って……?」 「臓器売買だ。ただの民家の振りして、凄い事やるよな」 「そんなっ、臓器売買など、ぎりぎりどころか完全に違法だぞ」 「上流貴族や有名な医者も利用してるらしくて、簡単には摘発できないんだと」  際どいところに目を付けたよな、とレノルフェが鼻で笑う。  髪も身体の一部だから彼の商売の対象に入るのだ。そんな店に易々と踏み込んでいたのかと思うと、今からでもぞっとする。 「では裏の顔は?」  表側ですらとても感心できない事業をしているのに、さらに裏があるのならそれはもう立派な犯罪行為に及んでいるかもしれない。 「……ハンスはもう一つ店を持ってるんだ。俺が働いてるのもそこ」 「あ、危ない所なのか?」 「お前はそう思うだろうな。――そこでは、生きた人間が商品だから」 「にんげん?」  今のは空耳だろうか。とんでもない言葉が聞こえたような。 「つまり身体を売るってことだ。俺もそれで稼いでる」 「でも、レノルフェは男じゃ」 「女だと子供ができちまうだろ。男の方が都合が良いんだよ、色々」 「そうは言ってもレノルフェは身体が悪いじゃないか。それでも体を売るのか? 金があるなら治療するなり、もっと良い所に住むなりできるだろ」 「うっせーな、アカネの為なんだよ!」 「――え?」  思いもよらない人物の名が挙がってきて、素っ頓狂な声を出してしまう。  レノルフェが、自分の為ではなくアカネの為に商売をしている。それはアカネに相応の事情があるということだ。 「お前も薄々気付いてんだろ? ごほ…、アカネは俺達と人種が違うって」 「……」  フィオは静かに頷く。  アカネと初めて会った時、彼は生まれも育ちもラジオーグだと言っていたからフィオもそれを信じてきた。だが実際、あの濡れ()色の髪と(とび)のような茶色い瞳、年の割に幼い顔立ちをした者は貧民街のどこにもいなかった。 「だけどあいつは嘘を言ってるんじゃない。ラジオーグ生まれなのは事実だ」 「ならどうして」 「親だよ。アカネの両親は極東(きょくとう)の国の出身なんだ」 「異国の者が、ラジオーグで子を産んだということか?」 「ああ、そうだ」  フィオは腕を組んで考え込んだ。アカネの両親は、わざわざ遠い異国に何の目的で来たのだろう、と。しかも彼らはこうして子供を捨てている。そんなことをするくらいなら、来ない方がアカネの為にもなっただろうに。 「アカネの母親は有名な提琴奏者(バイオリニスト)で、ラジオーグには仕事で来てたんだ。そこで旅行中だったアカネの父親と出逢ったってワケ」  アカネの母が提琴奏者(バイオリニスト)とはまた想像もできない。最近ラジオーグでも提琴(バイオリン)は人気だが、東方にもあったとは。貿易もしなければ歴史的な関わりもない国のことはよく分からない。 「その二人はアカネを産んだ後もしばらくラジオーグにいたんだが……ほら、十年前の独立戦争があっただろ?」 「まさか、アカネを置いて逃げたのか!?」 「そのまさかなんだな、これが」  ラジオーグとイフターンが(しのぎ)を削っていた頃は、両国とも混乱していてとても安全とは言えなかった。当時八歳だったフィオも、戦に出向く父の姿を見ていたのでよく記憶に残っている。  それにしても、親が子を戦場(いくさば)に残して逃げるとは信じられない。 「レノルフェはなぜアカネの為に金を貯めているんだ?」 「げほごほ…っ…、あいつを、元の場所に帰してやるんだよ」 「元の場所というと、極東の」 「アカネにとってはそれが幸せだと思わないか?」 「そう、だろうか」  アカネは既に貧民街での生活を確立している。それに、自分を捨てた両親の国に帰らされて喜ぶのだろうか。 「俺はすっかり落ちぶれちまったが、アカネはまだ人生をやり直せる。その為には祖国に帰した方が良いだろ? 俺達がどんなに頑張ってもアカネは偏見を持たれて肩身の狭い思いをしている。だから、あいつの国でやりたいことをやらせたいんだ」

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