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第27話

「アカネはレノルフェの弟だろう。離れることになっても良いのか?」 「そりゃ俺だって、全然心の準備はできてねーよ。でも安心しな。極東の国は遠いんだ。まだ目標の半分も貯まってねぇから」  以前地図で見た事があるが、あそこまで行くには船と馬車を何回も乗り継ぐ必要がある。貧民街の青年がその分を(まかな)うのは、とても簡単ではない。 「このこと、アカネに言うなよ。俺がどんな商売をしてるのかもな。あいつにはこんな風になってほしくないし」 「別に構わないが……国に帰す事は伝えないのか?」 「ま、そのうち言うさ」  一旦会話が途切れると、レノルフェはそれまで我慢していた咳を一息に解放したかのように激しく(むせ)せ込んだ。背中をさすろうとして手を伸ばすが、甲を叩いて払われてしまう。 (身体がこんな状態でも、仕事は辞めないんだな)  アカネを想って自らの身体まで犠牲にするなんて。フィオにも、アカネの為に何かできれば良いのに。むしろ助けられてばかりで役に立てたためしはない。  レノルフェはこんなに身体を張っているのに、自分には何もできない。それどころか、いつかやってくるであろう別れを惜しんですらいる。 (俺はいつからこんなに身勝手になってしまったんだろう)  アカネが関わると、フィオでも知らなかった自分の新たな面が引きずり出されてしまう。今だって、アカネの事を良く知り、想っているレノルフェより劣っている気がして悔しい。  アカネと過ごした時間は彼の方がずっと長いのだから、敵うはずもないのに。 「レノルフェは、アカネの事をよく分かってるんだな」 「生い立ちのことか? それなら……」  レノルフェは寝台(ベット)から降りると、一見(いっけん)がらくたが詰まった木箱を漁り始めた。その奥の方から二つ折りにされた紙を取り出してフィオに手渡す。 「これは……手紙?」 「あの親は、アカネにこれだけ持たせて貧民街に放り込んだんだ」  早速それを開いてみると、慣れない言語を使ったせいか、がたがたの文字が書き連ねられていた。所々文法は間違っていたが、さっきレノルフェが言っていたのと同じ内容だ。  それは『この子をよろしくおねがいします』という言葉で締め括られていた。 「アカネに文字を教えたのはその手紙を読ませる為だ。あいつは自分の親のことをちゃんと知ってる。アカネには、お前はれっきとしたラジオーグ人だから誰に何を言われても胸を張れと言ってある。分かったか?」 「うん……ありがとう」  彼に胸の内を読み取られていたみたいで、気恥ずかしくなってしまう。  だが、この手紙のお陰でフィオの中で渦巻いていたもやもやが僅かに晴れたのは確実だ。いつになく余裕がない自分に戸惑いつつ、レノルフェに手紙を返す。  丁度その時、入り口の布が大きく開かれた。 「ただいまー」 「おう、お帰り」 「お帰り、アカネ」  バケツ一杯に水を汲んできたアカネは、零さないように気をつけながら水瓶にそれを注ぎ入れる。 「二人して何の話してたんだ」 「あ…えっと、別に……」 「アカネにとってはつまらない話だ。な、フィオ」 「そ、そうそう。どうでもいい話だったな」  さり気なく救いの手を差し伸べてくれたレノルフェに縋ってその場を取り繕う。アカネは腑に落ちない、といった様子で首を傾げていたがすぐに元の調子に戻った。 「ならいいや。それよりフィオ、オレすっごく良い事思いついたんだ!」 「良い事?」 「そう。フィオが言ってた、貧民街の人を助けられる事!」 「ほんとうか!?」  彼の言葉にすぐさま飛びついた。今までやる気が空回りしていた分、期待は自然と大きくなる。 「どんな事なんだ」 「文字だよ文字! 教室を作って、ここの人達に文字を教えるんだ」 「……ほう」  顎に指を添えて、思考を巡らせる。悪い話ではなさそうだ。 「成る程。読み書きができれば仕事を探しやすくなるし、理不尽な扱いを受けることもなくなるな」 「そうそう」 「さらにはラジオーグの発展にも繋がるな」 「そうなのか?」 「識字率が上がれば教育もしやすくなる。良い教育ができれば子供達が就ける職業にも幅が増えるだろう。そうすればラジオーグの経済も上向く」  この数秒で思いついたことをつらつらと述べていくが、アカネには縁遠い話だったせいか眉間にしわを寄せてうんうん唸っている。 「あはは、アカネには難しかったか」 「うーん……よく分かんないけど、フィオが色々考えててすごいってのは分かった!」 「なら良かった」  自らの威厳をかけていつまでも馬鹿だと言われる訳にはいかない。少しはいい顔を見せられたようで何よりだ。

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