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第34話※
「ああ、俺はアカネが好きだ。頑張り屋で優しくて。身分のことなど気にせずに俺と接してくれて」
やっと胸のつかえが取れた気がする。フィオの今までの複雑な感情は、全て“アカネが好きだから”で片付いてしまうようなことだった。
こう言ってしまえば呆気ないように聞こえるけれど、彼を好きになったことで得られた感情はどれも初めてのものばかりだ。
「ありがとう。アカネのお陰で貧民街に来られて、俺の役割に気付かされて、アカネを好きになれた」
「ん……オレもフィオが好き。一緒にいると楽しくて――もっと一緒になりたい」
「ほ、本当か? 本当にそう思ってる……?」
「嘘なんてつかない。だから、さ。……来いよ」
掠れた声で囁かれた言葉が、心に深く、じんわりと染み渡っていった。
「うれし…嬉しいっ」
「おい、苦しいってば」
感激のあまりアカネの背中に腕を回してキツく抱き締めてしまう。すると繋がったままだった身体を意識させられて自身が疼いた。
「なに? お、おっきく――」
「悪い。手加減できなくなりそうだ」
「あ、え…待って、せめて、腕っ」
「そうだったな。今解くから」
腕を縛めていた縄を取ると、すぐに首元に抱きつかれた。その腕に走る幾筋もの紅い跡が痛々しくて、それを忘れさせてやりたくて、フィオは腰をゆっくりと動かし始める。
「ん…ぁ、あ……っあん」
もう十分に柔らかくなっている後孔は、フィオを拒むことなく受け入れてくれる。互いの身体が同じくらい熱くて、一つに混ざり合っているかのようだった。
「ひ、ぅ…、あ、フィオ……」
「アカネ――」
何を求められているのかすぐに分かって、アカネの唇を自分のそれで塞ぐ。もう二人とも息が上がっていたのに、呼吸する間も惜しむように口付けた。
次第にアカネからも腰を揺すってくれるようになり、フィオの腰遣いも荒々しくなっていく。
「あぁあ、だめ…ぃ、イきそ……」
「なら一緒に」
「ぅん……あ、ゃあ、ぁ…んっ」
最奥を貫く度に甘い声が零れてきて、さらにフィオの興奮を煽る。アカネの中を出入りする昂ぶりは今にも弾けそうだった。
「あ、ぁああ…あ、イく…イ……あぁ、あ――――っ!」
「ぅ…はっ」
内壁を一際強く突き上げた時だ。アカネが白濁を迸らせ、自身を思いきり締め付けられる。身体ごと持っていかれそうな快感に、フィオは身を大きく震わせてアカネの中で果てた。
「あっあ、…ぁ、あつ」
(今、俺はアカネの中にいるんだ……)
一人と一人が一つになって、同じ時を迎える。これほど幸せな瞬間があるだろうか。
余韻に浸っていると全身の力が抜けてしまい、アカネの上にどさっと頽れた。
「重……」
「アカネ、すごく可愛い。全部俺のものにしたいくらいだ」
乱れた呼吸の合間に言うと、くしゃりと頭を撫でられる。
「良いよ。あれ取り消す。フィオのものになら、なってもいい……」
「では、もうここで働かないな?」
「それは……」
答えにくいことを訊かれると目を反らすのが彼の癖だというのには、もう気付いていた。フィオはアカネの横に寝転がって、足下でぐしゃぐしゃになっていた薄手の毛布を引き上げる。
「大体、何でこの店で働いてたんだ?」
「よ、四ヶ月くらい前にさ、ハンスに楽に金が稼げる方法があるって言われて付いてったらこんなことになって」
「俺が訊いているのは目的なんだが」
「う…えーっと、その……レ、レノのために」
「レノルフェ……治療費か?」
彼はどんな時でも咳をしている。本人はそのことについて一切話さないが、見ていて心配になることも多い。誇り高い彼のことだ、そんなことを言えば迷惑がられるに決まっているから伝えたことはないけれど。
「レノは一昨年 ぐらいから体調崩して、ずっとあんな調子なんだ。医者に行く金は無いし、レノはオレの兄貴だから、助けたくて」
そこまで言うとアカネは毛布を頭まですっぽりと被り、顔を隠す。急にどうしたのかと思ったら、ぼそぼそとくぐもった声が聞こえてきた。
「あと、フィオがずっと一緒に居るんだから生活費も増えるだろ。その分も賄(まかな)いたくて」
「そうだったか。済まない、俺にも責任があるな」
「オレが勝手に始めたことだから、フィオは悪くない」
「そうは言っても、さっきの男性にも責任は俺が取ると言ってしまったからな。今回はハンスにもちゃんと謝るけど、この際アカネには店を辞めてもらって――」
「いやいや、そしたら収入がなくなるだろ!」
がばっと顔を出したアカネの頭を、今度はフィオが撫でてやる。
「別に働くなと言ってるんじゃない。やるならもっと安全な仕事をしてくれ。俺も頑張るから」
貧民街の人達に文字を教えなければならないし、これから忙しくなるな、と笑いかけた。吐息がかかってくすぐったかったのか、アカネの肩がぴくんと動く。
「だから帰ろう、俺達の家に。帰って一緒に教室の準備をして……そうだな、次の仕事でも探すか、貯金がある間はゆっくりしてもいいんじゃないか?」
フィオの胸の中で頷く細い身体を抱き寄せた。それからしばらく、密着する肌から互いの温みを再確認するように、抱擁を続けたのだった。
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