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第36話
***
「はぁ、はぁ、はっ…まだ、王宮の者は来てないようだな」
最速記録を打ち出して貧民街に戻ってきたフィオは、まず追跡の手が及んでいないことを確認した。念のためレノルフェには一旦小屋を離れてもらうことを伝えに、フィオはまた走る。
だが貧民街の中に入ると、徐々にその佇 まいは変わっていく。騒がしくて落ち着きがなくて、皆困っているようだ。
嫌な予感がする。
「レノルフェ!」
「フィオ! どういう事なんだよ、これ」
小屋の前にはレノルフェと、見慣れた軍服を身につけた兵士達が立っていた。
「殿下。フィオラート殿下でいらっしゃいますか?」
兵士の中から出てきたのは、フィオの側近中の側近。護衛から身の回りの世話まで任されていた、目付役のレンツだった。
髪を切り、薄汚れた服を纏 ったフィオが信じられないのか戸惑ったように伺いを立ててくる。
もう逃げられない、と腹をくくった時。
「フィオー!!」
(アカネ……)
息を切らして、やっと追いついてきたアカネが叫ぶ。
「殿下でいらっしゃいますね。王宮へ帰りましょう、馬車を用意させております」
「おい、テメエら誰だよ。フィオから離れろ」
「口を慎みなさい。この方を誰だとお思いで?」
「フィオはフィオだろーが。そいつはオレと契ったんだよ!」
(ち、契った……?)
まるで夫婦 のようなことを言う。
否、ずっと一緒にいると誓い、身体を繋げたのだから契りを交わしたのも同然だ。
――そんなことを言われたら、離れたくなくなるではないか。
「もしやこの者ら、殿下を拐 かしていたのか」
捉えろ、というかけ声と共にアカネとレノルフェを兵士達が拘束する。
「違う、二人は俺を助けてくれたんだ。手を出すな!」
フィオの命令が届いてないのか、大柄の男達が二人の腕を押さえつけて自由を奪う。されるがままになっているレノルフェとは反対に、アカネは必死になって抵抗していた。
「お戻り下さい、フィオラート殿下。国王陛下もご心配されておられます」
「父上が?」
フィオに殆ど興味を示さなかった人が、今更心配などするものか。これはきっとフィオを連れ戻すための口実だ。
「なあフィオ、どういう事だよ。国王陛下って? フィオラートって誰だよ!」
――ごめんアカネ、フィオはもう居ないんだ。
「ええ、王宮に戻りましょう。この者達の処罰は如何(いか)になさいますか」
「何度も言わせないでくれ、二人は俺を助けてくれたんだ。傷一つ付けようものなら俺が容赦しない」
「しかし殿下がこれほどまでにお変わりになるとは、この者達から悪い影響を受けたせいではないのですか」
「お…私は何も変わっていない。帰るぞ」
――最初から最後まで、わがままで勝手だった俺を許してくれ。
「待てよ、教室はどうすんだ。貧民街(ここ)の奴らを助けたいんだろ!」
「そこを退 きなさい、殿下がお通りになります」
「嫌だ、行かないでくれ! ずっと一緒に居るって言ったじゃねーか。あれ嘘だったのかよ!」
――そもそも“フィオ”が嘘の塊だったんだ。
「フィオ、オレ、お前が居なくなったらどうすれば良いんだよ……!」
――これから君を傷つける。
「私の名はフィオラート。ラジオーグ王国の第一王子だ」
「知らない。オレはフィオしか知らない!」
「私も、其方のことは存じ上げぬな」
――大好きだ、アカネ――
「っ……フィオの馬鹿野郎ぉおぉぉおお!!」
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