36 / 49

第36話

   *** 「はぁ、はぁ、はっ…まだ、王宮の者は来てないようだな」  最速記録を打ち出して貧民街に戻ってきたフィオは、まず追跡の手が及んでいないことを確認した。念のためレノルフェには一旦小屋を離れてもらうことを伝えに、フィオはまた走る。  だが貧民街の中に入ると、徐々にその(たたず)まいは変わっていく。騒がしくて落ち着きがなくて、皆困っているようだ。  嫌な予感がする。 「レノルフェ!」 「フィオ! どういう事なんだよ、これ」  小屋の前にはレノルフェと、見慣れた軍服を身につけた兵士達が立っていた。 「殿下。フィオラート殿下でいらっしゃいますか?」  兵士の中から出てきたのは、フィオの側近中の側近。護衛から身の回りの世話まで任されていた、目付役のレンツだった。  髪を切り、薄汚れた服を(まと)ったフィオが信じられないのか戸惑ったように伺いを立ててくる。  もう逃げられない、と腹をくくった時。 「フィオー!!」 (アカネ……)  息を切らして、やっと追いついてきたアカネが叫ぶ。 「殿下でいらっしゃいますね。王宮へ帰りましょう、馬車を用意させております」 「おい、テメエら誰だよ。フィオから離れろ」 「口を慎みなさい。この方を誰だとお思いで?」 「フィオはフィオだろーが。そいつはオレと契ったんだよ!」 (ち、契った……?)  まるで夫婦(めおと)のようなことを言う。  否、ずっと一緒にいると誓い、身体を繋げたのだから契りを交わしたのも同然だ。  ――そんなことを言われたら、離れたくなくなるではないか。 「もしやこの者ら、殿下を(かどわ)かしていたのか」  捉えろ、というかけ声と共にアカネとレノルフェを兵士達が拘束する。 「違う、二人は俺を助けてくれたんだ。手を出すな!」  フィオの命令が届いてないのか、大柄の男達が二人の腕を押さえつけて自由を奪う。されるがままになっているレノルフェとは反対に、アカネは必死になって抵抗していた。 「お戻り下さい、フィオラート殿下。国王陛下もご心配されておられます」 「父上が?」  フィオに殆ど興味を示さなかった人が、今更心配などするものか。これはきっとフィオを連れ戻すための口実だ。 「なあフィオ、どういう事だよ。国王陛下って? フィオラートって誰だよ!」  ――ごめんアカネ、フィオはもう居ないんだ。 「ええ、王宮に戻りましょう。この者達の処罰は如何(いか)になさいますか」 「何度も言わせないでくれ、二人は俺を助けてくれたんだ。傷一つ付けようものなら俺が容赦しない」 「しかし殿下がこれほどまでにお変わりになるとは、この者達から悪い影響を受けたせいではないのですか」 「お…私は何も変わっていない。帰るぞ」  ――最初から最後まで、わがままで勝手だった俺を許してくれ。 「待てよ、教室はどうすんだ。貧民街(ここ)の奴らを助けたいんだろ!」 「そこを退()きなさい、殿下がお通りになります」 「嫌だ、行かないでくれ! ずっと一緒に居るって言ったじゃねーか。あれ嘘だったのかよ!」  ――そもそも“フィオ”が嘘の塊だったんだ。 「フィオ、オレ、お前が居なくなったらどうすれば良いんだよ……!」  ――これから君を傷つける。 「私の名はフィオラート。ラジオーグ王国の第一王子だ」 「知らない。オレはフィオしか知らない!」 「私も、其方のことは存じ上げぬな」  ――大好きだ、アカネ―― 「っ……フィオの馬鹿野郎ぉおぉぉおお!!」

ともだちにシェアしよう!