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第37話

 王宮に連れ戻されたフィオラートは、謁見(えっけん)()で父と対面していた。 父の額の血管は今にも切れそうで、こんなに不機嫌そうな姿は見た事がない。その迫力に、側に控えている衛兵達も顔が強張っていた。 「今までどこに居た?」 「貧民街のとある家に、世話になっておりました」 「なぜそのような薄汚れた場所で暮らそうと思ったのだ」  床に右膝をついて頭を下げるフィオラートに、とげとげしく言い放つ。父は数段高くなった所にある玉座に(いか)めしく掛け、口元にたくわえた白い髭を撫でつけていた。 「この王宮を抜け出してすぐ、貧民街の少年に出逢ったのです。彼に匿ってもらいました。貧民街なら追っ手が来ることもないと思ったものですから」 「そんなに王宮(ここ)が嫌だったか?」  その通りだ。嫌じゃなかったら逃げたりしない。  張り詰めた空気の中で、唯一フィオラートだけは国王のことを恐れていなかった。貧民街で様々な辛い経験をしたせいで、父にびくびくしていたのが愚かに思えてきたから。 「私はここが窮屈でたまりませんでした。護衛の目がない時がなければ、気が休まる暇もない。ですから、新しい世界を見たかったのです」 「して、お主はそこで何かを得られたのか?」 「もちろんです。金が無い生活、物乞いの子供、人の死、売淫(ばいいん)する少年達に直面し、重大な事に気が付きました」  父が目を細めたことで、ようやくフィオラートに関心が向けられたのだと覚(さと)る。  恐怖はない。失うものもない。  ここには居ない誰かが、背中を押してくれた。 「無礼を承知で申し上げますが、父上の政策は間違っておられます」 「何?」 「父上の貧民街の者に対する行いは邪道の極み。徳を疑わざるを得ません」  衛兵達が僅かにざわつく。その中にはレンツもおり、気を失いそうになったのか隣の士官が彼の肩を支えていた。 「お主、自分が何を申しておるか分かっているのか?」 「はい。私は狭い王宮を出て、ラジオーグに何が必要なのか見定めて参りました。それは父上の王政ではありません」 「お主のような小童(こわっぱ)に何が分かると言うのだ。寝言は寝てから申せ!」  謁見の()を震わせる大声が、そこに居た全員を痺れさせた。とうとう逆鱗に触れてしまったらしい。 「戯言(ざれごと)はもう十分だ。お主は身分をわきまえて大人しくしていろ。王宮から勝手に出て行った罰として、二週間の謹慎を命ずる」 「なっ、なぜですか! 私は事実を申しただけで……」  父にとって、フィオラートの脱走は大した問題ではない。これはただ単に、自分を否定した息子が気に入らないだけなのだ。 「連れて行け」 「父上、私の話を――」  父の後ろから衛兵が出てきてフィオラートの両側につく。そして腕をがっしりと捕(と)らえられ、部屋から連れ出されそうになる。身を捩って抵抗するが、体格の良い兵士はびくともしなかった。 「待て、離せ! 私はまだ――」  国王の前では王子の命令など何の意味も持たない。フィオラートの叫びは誰にも届かず、引き摺られるように自室へと連行されていった。

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