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第39話

 目が覚めたらとっくに陽は空の真ん中まで昇っていて。朝方になるまで寝付けなかったフィオラートは、目を覚ますなり枕元に起きっぱなしだった手紙に目を落とす。  穴が開くほど見たはずなのに、まだ読み足りないかのように何度も、何度も。 (私が父上を……)  アカネは好きだ。嫌われたかもしれないが。  父の行いは許せない。弾劾できる自信はないが。 「はぁー……」  これでいいのか? どちらも大事なことではないか。アカネへの想いは、所詮その程度だったのか?  ――いや、そんなことはない。 (なぜ諦めるのだ。アカネとはずっと一緒にいると言って契った仲なのに)  嫌われていても良いではないか。アカネを好きな気持ちは、昨日から一切揺らいでいない。好きな人の為に何もできないなんて、王子としての自尊心が許さない。 (こうなったら、当たって砕けろだッ)  フィオラートは寝台(ベット)から飛び降り、鍵のかかった扉を激しく叩く。 「誰か、そこに居るんだろ! ここを開けてくれ!」 「殿下、どうなさいましたか」 「父上に話があるのだ。今すぐここを開けろ!」 「ですが、国王陛下には殿下をお部屋から出すなと仰せつかっております」  やはり簡単にはいかないか。 「ならば私が新たに命令を下す。ここから出せ!」 「……」  衛兵は何も答えない。 「聞こえないのか? 私をここから出すんだ」 「殿下、今はそれどころではないのです」  声質が変わった。これはレンツのものだ。 「何があった?」 「侵入者です。何者かが、王宮に忍び込みました」 (侵入者……まさか) 「それは黒髪の少年か?」 「は…はい、そうですが」 「その者は侵入者ではない。私の客人だ」  よもやそんなことが。自分はまだ夢の中にいるのだろうか。 「ですが、塀の下に穴を掘って侵入したのですよ」 「だからどうした。私の大事な客だ、ここを開けろ」 「し、しかし……」 「私は客人をもてなしに行くだけだ。何が悪いと言うんだ!」  早く。早く開けてくれ。でないと彼が行ってしまう。  今一番会いたい人が、この王宮内にいるのだ。 「全く……殿下は本当にお変わりになりましたね」  錠が外れ、鈍い音と共に扉が開く。フィオラートは待ちきれずに廊下へと飛び出した。 「一階の広間で侵入者を捕らえたとの報告が入っております」 「分かった、広間だな」  階段を降りて降りて、赤い絨毯にしわが寄るのも(いと)わずに廊下を走った。  たった一日離れていただけなのに、なぜこんなにも恋しいのだろう。一刻も早く、彼の顔を見たい。 「アカネ!」  長い廊下を抜けると舞踏会が開かれるくらい大きな広間がある。その奥で、何人もの鎧を着た兵士が暴れる少年を取り押さえていた。 「その者を離せ! 私の客人に手荒な真似をするな」  フィオラートの声で少年から手を離した兵達は、二人を中心に円を描くように引き下がる。拘束がなくなった少年は、すぐに立ち上がったかと思うとフィオラートに飛びかかってきた。  その勢いに負けて後ろに倒れ込んでしまい、危うく頭を打ちそうになる。 「殿下!」 「貴様、殿下に何を」 「良いんだ、下がっていろ」  槍を構える兵を手で制し、フィオラートに馬乗りになっている少年を見上げる。 「……フィオのばか」 「ああ」 「バカバカバカバカ、最ッ低」 「ごめん」 「あんな別れ方ねーだろ」 「嫌いになったか?」 「――なるわけねーだろが、馬鹿!」  フィオラートの頬に、小さくて暖かい雫が落ちた。それは次々と(したた)って頬を濡らしていく。 「アカネ、会いたかった」 「オレもだ、フィオ」  アカネの頭を抱き締め、胸の中で新たな涙を零しながらしゃくり上げているその背中をさすってやる。  見ると彼の服は泥だらけで、身体の至る所に擦り傷を作っていた。塀の下に穴を掘ったというのだから無理もない。 「済まないが、風呂の用意をするよう女中に言ってもらえぬか?」  身体を起こすと、膝を伸ばしたフィオラートの足にアカネが座る形になる。 「後は私がやるから、其方らは控えていろ」 「かしこまりました」 「ほらアカネ、そんなに汚れていては可愛い顔が台無しだぞ」  彼の頬を両手で包み込んでこちらを向かせると、目元を紅く腫らして大粒の涙をぽろぽろと流していた。  広間にはもう誰の姿もなかったので、その涙痕(るいこん)を唇で拭っていく。 「お前、これまでのこと、ちゃんと説明してもらうからな」 「もちろんだ。本当に済まなかったな」  最後に額に軽い口付けを落とし、その小さな身体を抱き込んだ。 「まずは泥を落として綺麗にしなくては」

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