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第42話

    *** 「ふぅ、やっと片付いた」  風呂の後、フィオラートは休まずに始末書を書いていた。王宮を空けていた八日分、かなりの枚数だ。 「あとはこれを送るだけだな」  本当は陽が落ちる前にやり遂げたかったのだが、これでも急いでやったのだ。最後の書類を家臣に託し、寝台(ベット)で眠るアカネの横に腰を下ろす。 「こうしてると、幼気(いたいけ)な子供みたいだな」  それは独り言にも聞こえないような、小さな呟きだった。だがフィオラートの気配を感じ取ったらしいアカネが、重そうに瞼を開ける。 「フィオ……」 「起こしてしまったか?」 「いや、たまたま起きただけ」  二人で寝てもまだ余裕のある寝台(ベット)で、アカネはむくりと起き上がる。 「うわ、ここフィオの部屋か? おっきい……」  掛け布団を剥がして寝台(ベット)を降りると、フィオラートの部屋をぺたぺたと歩き始めた。 「なんか、違う世界に来たみたいだ」 「俺にとっては貧民街の方が違う世界に思えたけどな」 「オレ達じゃ身分が違いすぎるから――って、なんだこの服!」  鏡の前を通りかかってようやく自分の格好に気が付いたらしい。 「俺が昔着ていたものだよ。よく似合ってるぞ」  五年ほど前に着られなくなってしまったものだが、捨てなくて良かった。アカネの身長にぴったりだ。 「こんな綺麗な服、落ち着かねーよ」 「嫌だったか?」 「んなこと言ってねーだろ。……ここまでしてもらって悪いなぁって」  鏡の中の自分とにらめっこをしていたアカネが、床に視線を落とす。 「オレ、フィオとは差がありすぎて……不釣り合いなのかな」  豪華な王宮にいると感覚が麻痺してしまって、これが当たり前なのだと思ってしまう。だがアカネからすれば貧民街こそが当たり前で、あの小さな小屋での思い出が彼を構成しているのだ。いきなりこんな、真逆の世界に来て不安になってしまう気持ちも、フィオラートなら理解できる。  だからその背中に抱きついて、フィオラートの存在を示した。 「好きになるのに身分は関係ない」 「でも周りの人が何て言うか……王子様と貧民だぜ?」 「なら周りに認めさせてやる」  アカネが居る場所がフィオラートの居場所。それはどこに行っても変わらない。  ようやく見つけた拠り所を、手放すなんてあり得ない。 「その為に俺は、父上を弾劾しなければならない」 「だんがい?」 「父上が貧民街の皆にしてきた悪事を暴くんだ。そして――俺が新たな王となる」  レノルフェに言われたから、なんて単純な動機ではない。彼の手紙はフィオラートの背中を押してくれたのだ。  貧民の支援、環境の改善、違法な取引の中止など、フィオラートが貧民街を救済する為にやらなければならないことはたくさんある。貧民街で暮らし、その辛さが分かるフィオラートにしかできない使命だ。  貧民街をなくして、アカネとずっと一緒に居るための、一番の近道。 「フィオが、王様?」 「……無理だと思うか?」 「そんなことない。フィオならなれるよ。フィオが王様になってくれるんなら、オレ何でもするから」  顔を上げたアカネと、鏡越しに目が合った。 「なら俺に勇気を分けてほしい。アカネが側に居てくれるだけでほっとするから、俺の隣に居てくれないか」 「しつこいって言われても離れないでやるよ」 「俺がしつこいなんて思う訳ないだろ」  むしろ一緒の方が居心地が良いのに、そんなことを言ったら(ばち)当たりだ。  おまじないだと思ってもう一度、とキスをせがむとアカネの方から顔を寄せてくれた。 「ん、む…んん……」  唇を()みつつ、口付けを深くしていく。急がずに、じんわりと熱のこもった接吻を何回も交わした。 「俺が、ラジオーグを変えるから」

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