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第44話

   ***  王宮の三階にあるフィオラートの部屋に着くと、まずはアカネが寝台(ベット)に腰を下ろした。寝心地が良くて、気に入ってしまったらしい。 「ほら、二人も座れよ」 「アカネの部屋ではないのだが……」 「良いじゃねぇか。…ケホ、邪魔するぞ」  こうしてレノルフェ、アカネ、フィオラートの順で横に座っているのだが、これでは接待と呼ぶにはほど遠い。貧民街に居た時みたいで満更もなかったが。  フィオラートは待ちきれずに、咳き込むレノルフェに問いかけた。 「それでレノルフェ、さっきの話を――」  せっかちだな、と言うようにフィオラートを流し目で見ると、彼はやおら口を開く。 「俺の正体はイフターン王国の第六王子。王位継承権なんて無いに等しい末っ子だ」  もう嫌というほど驚いたので、その言葉には殆ど動揺しなかった。 初めて会った時に感じ取った高貴な雰囲気や、貧民街のイフターン人とラジオーグ人をまとめ上げる才能は見当違いではなかったのだ。  レノルフェが王子だったとなれば、その優れた資質にも納得がいく。何よりも、彼の人差し指で光る紋章入りの指輪が王子である証拠だ。 「指輪なんてしてたか?」 「ずっと寝台(ベット)の下に隠してたんだ。これ見せないと俺が王子だって信じてもらえないから()めてきたんだ」  昨日貧民街に王宮の者が来た時は、誰もレノルフェに反応していなかった。死んだことになっているのだから当然とも言えるが。 「十七年前に一度イフターンが領土戦争に負け、条約を結ぶ際に俺は母親と一緒に人質としてラジオーグに送られた。俺の母は長兄の教育係だったせいで回りから疎まれていたから、早いとこ追い出したかったんだろう」 「レノルフェが人質に……!?」  ということは、彼は幼少期にこの王宮で暮らしていたことになる。自分と年が近い子供が居ればフィオラートの印象にも残っていたはずだが、そうでないのは彼が人質として限られた場所でしか過ごせなかったからだ。 「だけどイフターンに重い税を課したり、イフターンでラジオーグ人が罪を犯してもイフターンの法で裁けなかったり、あまりに不平等な条約だったんで当時の国王だった俺の父が独立戦争を起こしたんだ」 (不平等な条約……確かにあれはイフターンにとってかなり不利なものだったな)  条約の内容を殆ど知らなかったラジオーグの庶民達からすれば、あれはイフターンが急に反乱を起こしたとしか見えなかった。昔から父の汚いやり口は目についていたが、それが裏目に出たのはあの独立戦争が初めてだ。 「条約を結んだのに戦争なんて起こされたら、もう人質の意味は無い。十三年前、俺は母親と一緒に貧民街へ追いやられた。もうどこにも俺が生きてるって思う奴はいない。二年前、ここで燭台を盗んだ時に系譜(けいふ)を見たが、俺は死んだことになっていた」 (成る程、以前住んでいたから王宮に忍び込んだ後、上手く逃げ切れたのか……)  と、そんなことに感心している場合ではない。大人達に振り回されて貧民街に放りだされた挙げ句、記録上死んだことにするなんていくら何でも酷すぎる。 「実はお前が貧民街に来た時、すぐにフィオラートだって気付いたんだ。銀髪翠眼(すいがん)なんて、子供の頃王宮で見かけたお前くらいしかいない。何の面識もない奴だったら、顔も見ずに追い返してた」 「そう、か……」  あの夜、アカネと出逢えたことを軌跡と呼んでも差し支えないだろうか。そのお陰でレノルフェとも逢えて、貧民街でも生活ができ、父の悪事にも気付くことができた。  フィオラートはこの巡り合わせに、ひたすら感謝した。 「――二人して王子様ってどーいうことだよ! オレだけ仲間外れじゃん」 「そんなことはないぜアカネ。ごほ、ごほ……俺はとっくに記録から抹消された、何者でもない人間だ。でも貧民街の住人だってことは変わらない。俺はいつでもアカネの家族だ」 「家族……」 「そうだ。帰ってこい、俺達の家に」 (レノルフェが来た理由はそれか)  彼はアカネを連れ戻しに来たのだ。  宣戦布告を受け取ったからには覚悟はしていたが、こんなにも早く訪れるとは。 「オレ、まだフィオのとこに居たい……」 「アカネは貧民街に居たくないのか?」 「そうじゃない! 場所はどこだっていいから、フィオと一緒に居たいんだ」 「ゴホ…、実は俺、アカネの居場所は貧民街でもフィオの所でもないと思ってるんだ」 「レノルフェ……」  まさかあの話をするのか。心の準備はできてないと言っていたのに。

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