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第45話
いや、時期を早めた原因はフィオラートにあるかもしれない。二人をファルスム・カーリターテから辞めさせてしまったから、レノルフェもそこで働いていたことがアカネに知られてしまった。そうすれば必然的に、レノルフェがハンスの店で働いていた理由も明かすことになる。
「俺はアカネを祖国に帰したいと思ってる」
「は……? なにそれ」
「アカネ、お前は生まれも育ちもラジオーグだ。だけど人種はどう足掻 いても変えられねぇ。俺はラジオーグ人であることに胸を張れと言ってきたけど、本当は辛かったんじゃねーのか?」
「……」
彼の沈黙は肯定を表していた。違ければ違うとはっきり言うのがアカネだから。
「俺はお前を元の国に返す為にハンスの店で金を稼いでた。お前が俺の為に働いてくれたのは嬉しかったが、俺は自分よりアカネが大事なんだ。国に帰ったら両親にも会えるかもしれない。そうじゃなくても、ラジオーグやイフターンよりは生きやすいはずだ。悪い話じゃねーだろ」
「…………」
レノルフェに視線を向けられたアカネは逃げるようにして目を瞑り、また開く。瞬(まばた)きと呼ぶには少し長すぎる動作だった。
「オレは……オレを捨てた親よりも、フィオと居たい」
「そんなにこいつが好きか?」
「レノにはすごい感謝してるよ。ここまで育ててきてくれて。だからオレを国に帰すって話も、レノがオレのことを想ってくれてる証拠だって分かる。でもレノが守りたい人がオレだったみたいに、オレが守りたい人はフィオなんだ」
二人の話を横で聞いていて、胸が苦しくなった。アカネが両親よりもフィオラートを選んでくれて嬉しいのに、レノルフェのことを考えると素直に喜べない。
三人の間に漂い始めた重い空気の中で、レノルフェが何度も咳をする。
しばらくして彼が、大きく息を吐き出した。
「――分かった。アカネがどんなにフィオと一緒に居たいのか。だったらこうしようぜ」
レノルフェは立ち上がると、二人の前に仁王立ちになる。
「フィオ、今ちょうど議会が開かれてるんだってな?」
「ああ。国王や貴族達が出席している」
「そりゃあ良い。絶好の機会じゃねぇか」
にやりと笑うレノルフェに不穏な気配を感じて思わず身構えた。彼にしては珍しく突飛 なこと言いそうで、それが余計にフィオラートをはらはらさせる。
「フィオ。お前の王の器、ここで見せてもらうぜ」
「ここで?」
「議会が開かれてるんだろ、そこで国王の悪事を暴いてやれよ。貴族達にも貧民街のことを教えて、国王を成敗 してやれ」
呼吸が止まるかと思った。
何の準備もしていないのに議会に飛び込むなんて、自殺行為だ。父一人を相手にするならともかく、国王派の貴族がどれだけ居るか分からない議会に丸腰で行くのは危険すぎる。
「フィオ、だんがいするんだな!」
「いやそんなっ……む、無理だ」
「昨日は『俺がラジオーグを変えるから』ってすごい頼もしかったのに、何怖じ気づいてんだよ。これはフィオの仕事なんだろ!」
アカネも席を立ち、フィオラートに詰め寄る。これでは二対一で劣勢だ。
「このままだと俺がアカネを連れて帰るぜ」
「ま、待ってくれ! そんないきなり言われても」
「ぁあ? 出来ねえのかよ。やっぱり愚かな王子サマだな」
「ッ……」
手紙と同じ言葉で罵られ、フィオラートの心が折れそうになる。
(でもこのままでは、また……)
アカネは絶対に失わない。自らに誓いを立てる時が来た。
元から貧民街を救いたいとは思っていた。それを実現するのが、少し速まっただけだ。
「やってやる――俺が、王になる」
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