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第46話

   ***  廊下を行き来する使用人達を何人もやり過ごし、三人は誰にも止められることなく議場の前までやって来た。フィオラートは緊張を誤魔化す為に深呼吸を繰り返す。 「大丈夫だフィオ。オレがついてる」  アカネがフィオラートの手を握ってきた。そうされるだけで限界まで速まっていた鼓動が緩やかになっていった。  この扉の向こうに国王が居る。敵の巣穴に踏み入るようなこと、以前の自分なら出来なかった。  これでやっとアカネとの関係を認めてもらえる。レノルフェと張り合える。貧民街を救える。 「――よし、行こう」 「頑張ってこいよ、王子サマ」 「ああ」  ギギギギ、と細かい装飾が施された重厚な扉を開く。  まさに議会の()只中(ただなか)だった会場は突然の来訪者にざわめき立つ。 「フィオラート、何をしておる。ここから去れ」  フィオラートが開けたのは議場の右前方にある扉だった。五十人ほどの貴族が集まって扇状に並べられた座席に着き、国王はその前にある論壇(ろんだん)に立っていた。フィオラートと目が合うと、眉間にしわを寄せて低い声で言い放つ。 「父上……いえ、国王陛下。大切なお話があるのです」 「それは議会を中断するほどのことなのか」 「はい、今すぐお伝えしたい所存です。この場におられる貴族の方々にも、聞いていただきたい」 「ふん、下らぬ。お主の話など聞いたところで不毛にすぎん」  フィオラートを一目見ただけで、また貴族達の方へ向き直ってしまった。 「あ、あの……」 「構ってられるか。続けるぞ」 「おい、フィオの話ちゃんと聞けよ!」  広い議場に響き渡る声。それは相手が国王でも臆することなく立ち向かっていく。 「無礼者め。余所(よそ)者は(みな)立ち去れ」 「陛下、どうか我々の話を聞いて下さい」  懇願するフィオラートの瞳は国王のそれを射貫いていたはずなのに、彼はまるで視界に入っていないかのように振り切った。首を振り、頑なにアカネとフィオラートを拒む。 「今は議会の途中だ。お主らに()く時間はない」 「陛下――!」  待って。行かないで。そう叫びたくてたまらないのに、体中が固まってしまって動かない。声も出せないのは、肺臓すら止まってしまったからだろうか。 「フィオ」  そんなフィオラートの手を握る力を強くしたアカネは、真っ直ぐにこちらを見上げてくる。 (そうだ、俺にはアカネがいる。恐れることはない) 「話を聞いて下さい! これはラジオーグにとって大切なことなんです。陛下の、貧民街の者に対する(おこな)いについて」 「……」  国王が、振り向く。心当たりがあるから、そんなに(ひげ)をいじっているに違いない。 「一昨日もそんなことを申しておったな。お主はいつからそう大口を叩けるようになったのだ」 「さあ、いつからでしょう。私は貧民街に行くことで変われました。王宮の中では経験できないことに出くわし、新たな知識を身につけ、大切な人を見つけて強くなれました」 「もう良い、出て行けフィオラート」 「嫌です。――陛下、あなたのやり方は間違っておられる。貧民街が余計だからと言って、そこの者達を殺すなど言語道断!」  次の瞬間、議場はたちまち騒々しくなった。  『殺す』という穏やかでない言葉が貴族達の間を波及していく。 「フッ、何の証拠がある? 出任(でまか)せを言うでない」 「出任せなどではありません。ここに証人がおります。彼と彼の兄は、行く当てのない私を貧民街の家に住まわせてくれました」  フィオラートはアカネの肩に手を添えた。突然話題に上げられた少年に議場中の注目が向けられる。 「アカネ、貧民街でのことを話してやろう」 「良いのか?」 「ああ。貧しい生活や国王からの理不尽な仕打ちをここで明かすんだ」  実際に貧民街に住んでいる者がそこの様子を語れば、この場にいる全員の情に訴えかけることができる。 「アカネ、貧民街での暮らしはどうだった?」 「――辛かった。食べ物が無くて、店の奴に追いかけられながら盗んだりしたけど、失敗したらゴミを漁って。それでも何も食えない日もある。王都の奴らはオレ達のことなんて見向きもしないで気楽に生活してるのかと思うと、腹が立つんだ」  気が付けば貴族も国王もアカネの話に聞き入っていて、野次を飛ばしたり文句を言ったりする者はいなかった。 「貧民街にはたまに兵士が来る。年寄りや病弱な奴を殺して、使い物になりそうな奴は連れ去るんだ。でも結局見世物(みせもの)にされたり商売の対象になったりする。お前らもそうなんだろ?」

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