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第48話

 これからやることはたくさんある。貧民街の衛生を整え、子供達が学校へ通えるよう手配し、大人達には職探しを支援する。ハンスの店の処遇も考えなければ。それから、あの不平等な条約も考え直してイフターンとの仲も修復したい。 「アカネ、俺と共にラジオーグを変えていかないか?」 「……何か、求婚してるみたいじゃん」 「そのつもりだと言ったら?」 「ッ! ――バカ」  毒づくのは恥ずかしがっているから。でも内心喜んでいるから、こうしてフィオラートの背中に腕を回してくるのだ。 「なあレノは? レノも一緒に居られるだろ?」 「ああ。レノルフェも俺を助けてくれた大事な人だからな」  議場の外にいる彼を振り向くと、さっきまであった人影が無くなっていた。 「レノルフェ?」 扉はずっと開いていたから彼も議会を見ていたはずだ。いつの間に居なくなったのだろう。 「あれ、レノどっか行っちゃったのか?」 「そうみたいだな。探しに行くか」 「おう」  二人は議会のどさくさに紛れてその場を抜け出した。  回廊、大広間、食堂。どこにもレノルフェは見当たらない。効率を上げる為に手分けして探そうかと思い始めた時、アカネに呼び止められた。 「フィオ、あそこ!」  アカネが指をさしているのは中庭式の庭園だった。目を凝らしてみると、陽射しや雨風を(しの)ぐ為の、飾り柱の上に屋根を設置した東屋(ガゼボ)の下に一人の青年が立っていた。  咲き誇る薔薇(バラ)が彼の端麗な容姿を際立たせている。着ている服がすり切れていなければ、もっと絵になっていた。  先にアカネが彼に駆け寄る。 「レノ!」 「レノルフェ。そんな所で何をしてるんだ?」  そよそよと吹く風が、彼の金髪をなびかせると同時にたおやかな薔薇の香りを運んできた。東屋(ガゼボ)の柱に寄りかかったレノルフェは、こちらをちらりと見ただけでまた遠くの空を眺める。 「よくやったな王子サマ。いや、王様……だったな。王の器、しっかり見させてもらったぜ」 「見ていてくれたのか」 「ケホ、ごほごほ……ああ、これでもうお前にアカネを任せられる」  不安になってしまうくらいの穏やかな口調。赤や黄、橙に桃色の花びらが揺れる庭園。平たい青空。どれもこの空間には欠かせない要素で、互いを引き立たせている気がした。 「レノ、何で急に居なくなっちゃったんだよ」 「ん? 邪魔者は帰った方が良いだろ」 「邪魔って、レノのこと?」 「俺はアカネが幸せならそれで良いからな」  一人東屋(ガゼボ)を出たレノルフェが目を細める。ちょうどその背後に、藤色(ふじいろ)の薔薇が顔を覗かせていた。 「帰ってしまうのか?」 「貧民街以外のどこに居ろって言うんだよ…ごほっ、アカネは祖国に帰らねえって言うし、今更イフターンに戻る訳にもいかねえし」 「――ここでは駄目か?」 「は?」  咄嗟に口をついて出たのは、彼を引き留める言葉だった。レノルフェは不思議そうに、アカネは爛々(らんらん)としてフィオラートを見つめる。  何も変なことは言ってない。ただ単に、こう思った。 「レノルフェも貧民街で俺を助けてくれた大事な人だ。それに、俺は王として未熟だからレノルフェの知恵と才能を貸してほしい」  差し出した手が虚空を切ることはない。レノルフェなら応えてくれると信じてた。 「この前、君はすっかり落ちぶれたと言っていたな。だけどレノルフェだってまだ人生をやり直せるんだ、俺みたいに。今日からまた始めてみないか?」 「レノ、三人でラジオーグを変えよう。貧民街を助けよう」 「……ったく、アカネにもフィオの馬鹿が移っちまったのか?」 「レノ?」  パァン、という音と共にフィオラートの手に痛みが走る。一体何が起こっているのだろう。 景色が、白く染まっていく。 「人がせっかく気を利かせてやったのにそれを無駄にするなんて、馬鹿どころか大馬鹿だな」 「え……」  なぜ、レノルフェに罵られているのだろう。 「こんな頭が悪い奴にラジオーグを任せられるかよ。先行きが不安だな」 「ご、ごめん」 「だから俺が見張っててやるよ。適当な王政はやらせないし、アカネを不幸にしたら許さねーから」 「もちろんアカネは俺が必ず幸せに――って、レノルフェ……今なんて?」  見張るというのは、どこで? ここで? 「一回で分かんねーのかよ。仕方ないから、貧民街とアカネの為に俺が馬鹿な国王を補佐してやるって言ってんだ。広い部屋用意しとけよ」 「――あ…、ははっ……回りくどいな。素直に受け容れれば良いじゃないか」  どこまでも彼らしい態度に、思わず笑みを零してしまった。  再び風景が色づいて、鮮やかに彩られていく。それも、さっきより一段と綺麗な色に。 「オレ達、三人で居られるのか?」 「ああ。これからも宜しく頼む」 「やったあ!」  胸に飛びついてきたアカネをしっかりと抱き留め、よろめいた勢いでくるりと回る。その時見えた世界は、きらきらと目映(まばゆ)く輝いていた。 「はぁー、惚気(のろけ)に付き合うつもりはないからな。俺はあくまで見張るだけだ」  レノルフェの憎まれ口も、心なしか弾んでいるみたいだ。  これから始まるのはどんな未来だろう。貧民街に住んでいる人は生活を立て直し、ちゃんと学校に行けるだろうか。黒い海は青さを取り戻し、病気の子供も減ると良い。  それを夢で終わらせない為にも、立派な国王になるのだ。 「俺がラジオーグを、幸せな国にする」 「うん、フィオなら絶対に出来る!」  新たな日々の(きざ)しはまだ蕾のようで。    この先きっと、凛とした華麗な花を咲かせるに違いない。    ――――

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