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第5話

 人間関係とはいつでも単純なものだ。  ひとつの箱に詰め込まれ、同じ制服を着て同じような生活をしていたら、なんとなくそのうち仲良くなれる。蒼井と鵜飼で席が縦列で続いていたり、プリントを配ったり、文房具を借り合っているうちに。 「科学部、どう?」 「今のところ面白いよ。スライムこねたり、ペットボトルロケット作ったり。設計図、見る?」 「なんだそれ。ガキの自由研究じゃん」 「まあ学校だからよっぽど危険なことはできないって」 「つまんねえ。ビッグバンの解明とか、やって欲しかったのに。俺そういう宇宙の謎みたいなの、めっちゃ知りたい派」 「無理無理。創一って、いろんなことに興味を示すよね。僕なんかより自分が科学部入ればいいのに」 「俺はいいんだよ。部活とかしゃらくせえのは」 「って僕も内心思うんだけどさ、大学受験で有利になるとか言われると、しょうがないじゃん」 「どうせ推薦の時だけだろ? 『フィギアスケート世界グランプリ銀』くらいならいざ知らんけど、そんな部活なんか考慮して入学させる大学なんか行ったって、しょーもねえじゃん」  高校生活とは、煌にとってシンプルな世界だった。  朝起きて学校に行き、与えられたことを学び、帰って寝る。方程式をひたすら解くように同じことが繰り返される毎日に不満もなければ疑問もなく、だから当然目標もなかった。淡々と自分はこうやって生きていくのだろうとなんとなく思っていた。  対して、創一は違った。  沢山の本を読み、様々なことに好奇心を向け、深く考えていた。世界のこと、自分のこと、未来のこと。創一の意見は少し反骨的でそして多面的だったから、物事に対しての彼の見解が興味深かった。創一の頭の中を覗くことが煌は好きだった。 「でもさ、もしもなんかの役に立ったら、ラッキーじゃないかなって。将来何がしたいとか、どの学部に行きたいとか全然わかんないから」  自分でも未熟で打算的だとわかっているから、語尾が強くなってしまった。 「別にお前や科学部を否定はしてねえよ。ただ、俺がやりたくないだけ」  芯は強いが、それを他人に強制はしない。  取り成すように創一は訂正する。 「創一はあるの? 将来の夢」 「俺? あるよ」 「教えてよ」 「笑わねえ?」 「笑わない」 「高校出たらアメリカ行くの。留学して、世界っていろんな人がいて広いんだって、自分の肌で感じたい」  規模が大きすぎて目眩がした。  お酒は飲めない、タバコは吸えない、車の免許の代わりにささやかな原付の運転を許される。頭を使うことなく責任も追わない簡単な労働力であれば僅かにお金を稼ぐことができる、高校一年生に任された役割とはその程度だ。ようやく大人の扉がほんの少し開いただけの世界で、一緒の制服を着て、なぜその壮大な夢にたどり着けたのか。創一という男がとても成熟した大人に見えた。 「すごいよ。絶対できる。創一なら」  恥ずかしそうに口元を歪め笑う。  放課後お互いの家で映画を観たり、お勧めの漫画批評会なんかをやったり、あるいは何もせずただ過ごしたりした。  そうしてしている内にあっという間に季節は冬になった。  帰りのホームルームで配られた進路調査書には文系、理系と並んでいる。どちらか一つにまるを付ける行為が途方もなく難しいことに感じられた。 「何をそんな悩んでんの? お前は理系の一択だろ。得意なのそれしかないんだから」 「だって創一は文系なんでしょ」 「とりあえずTOEFLの点数上げるのが最優先だからな。なんで?」 「…一人で不安じゃん」 「アホか、女子じゃあるまいし。同じ校内にいるんだから、休み時間とか遊びに行ってやるって」 「そっちの方がもっと女子っぽい」  言いながら自分が不安に駆られている理由を煌は考える。感動する時、笑う時、物思いにふける時、横には常に創一がいた。だから自分の中の感情のスイッチを入れられるのは創一だけのような気がしていた。創一が隣にいないと、自分はすぐ思考を放棄して、気づけば何も持たない大人になってしまうのではないかと不安なのかもしれなかった。  それくらい、目の前の友人は煌の中でどこかに続く遠い先を指し示している強い光なのだった。  頭を伏せて紙切れを創一の手元にスライドさせた。 「しょーがねえな」  困った顔をして受け取ったら、煌のシャーペンを奪う。  迷いなく『理系』にまるを打った。下からぐるり、開始点を超えてしゃっとはらう終わり。先生が赤色でつける、正解のまるだった。

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