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第6話
いつまでも己の人生の選択権を人に委ね甘えていていいわけがない。
わかってはいるが、創一が着々と英語の点数を上げ、大学を絞り勉強しているところを目の当たりにすると、焦るばかりで自分が何をやりたいのかは余計わからなくなる一方だった。三年の、夏。
「創一はどこの大学行くんだっけ」
「多分、マイアミ 大学ってとこ」
「なんでそこに決めたの?」
「国立だしレベル高いし、何より海が近くにあるから」
創一は本から視線を移さずに答える。創一の部屋の本棚には近頃旅行記ものが多く揃うようなっていた。気持ちはすでに離陸準備をしているよう。
「いきなり海?」
「なんか憧れるじゃん、海のある生活。朝起きて海岸沿いジョギングすんのとか、気持ち良さそうじゃねえ?」
「セレブですか。それならハワイなんて海だらけじゃん」
意外にも世俗的な発想にちょっと笑った。
「ハワイは生活費バカ高えからパス。あと、ハワイの海とはレベルが違うの。マイアミビーチはでっかいサンゴ礁が近くに広がってて、ハワイみたいに汚染も進んでないから、すっげー綺麗なんだってさ」
「へーそうなんだ」
穏やかに揺れる海と創一を想像してみた。
「とりあえずお前も理系の大学受験したら」
「そうなんだけど、なんかどこも同じように見えてピンとこなくて。理系の大学出て何になれるの?」
「哲学科かとか文学科とか実にならねえ文系よか間口広いんじゃねえ? お前頭いいんだし色々あんだろ、なんか、商品開発とか、生産だの製造だの」
「なに作るの?」
「そんなもん、人間が使う何かじゃねえの。なんかよくわからんけど、消耗品とかさ」
「自分が洗剤とかティッシュとか開発してるの想像つかない…」
膝を抱える腕に力がこもる。
「想像つかないで当たり前だろ。高校生でそんなビジョン描けてたら逆に変だって」
「じゃあ創一は」
「俺はいいんだよ。もともとおかしいから」
「ずるい。俺もおかしかったらよかった」
「どんな拗ね方だよ。わかった、じゃあもうお前日本で俺のこと待つの、職業。それでいいじゃん」
「またそうやって適当言って」
右手のものを取り上げてやろうと腕を伸ばしたら、創一はとっくに本なんか読んでいなかった。代わりにこちらを静かに見つめていた。
行き場のなくなった腕を、創一が掴む。
「本気だよ。だから俺のこと、待ってて」
懇願に似た問いかけだった。そんな自信なさそうな創一を見るのは初めてで、煌は混乱した。
「煌。ずっと、会った時から好きだった」
「好きって…」
掴まれた腕を解こうとしても、強い力で止められ、身動きがとれなかった。そして握った手の体温の熱さとじんわりにじむ汗で悟った。ああ、好きってそういうことか。本気のやつなのか。
鼻先が頬をかすめる気配で、金縛りが解けたようにどんと創一を力の限り押した。加減が効かず、創一は壁に打ち付けられた。
「やだ…っ」
その時湧き出た感情は、混乱よりはるかに勝る怒りの溶石だった。ずっと一緒にいたはずなのに、目の前の親友であるはずの男が一瞬でわからなくなった。
会った時から、ということは二年以上もそれを隠し通されてきた。あの日やその日、いつだってずっと一緒にいたのに。そのことにひたすら腹が立った。そして創一の秘めたる感情に気づけなかった自分に。誰よりも、創一の近くで創一の考えていることを知った気でいた自分が浅はかで怒りが湧いてしょうがなかった。全てに裏切られた気分だった。なんで僕なんか。一言が脳内で繰り返される。
「大嫌いだ…」
煌は吐き出した。そのまま、振り返らずに部屋を飛び出した。
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