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第10話
センターの中には事務室の他にラボがある。
浴槽サイズの水槽が通路を一列ずつ挟み部屋の隅から隅までぎっしり並べられ、新鮮な海の水が二十四時間供給される。各水槽は温度と水素イオン指数(pH)の組み合わせで細かに分けられる。さながら海水の畑といったところだ。サンゴ達が太陽光を存分に浴びられるよう天井は全面ガラス張りだからどんなに細かい作業をしていても窓から夏空を仰ぐと気分は幾分晴れた。
「煌先生いる? 言われてた種、集めてきたよ」
ぺたぺたと響くビーチサンダルの足音で、誰だかもうわかる。コンビニの搬入業者風情で海広がパレットを運んできた。
「ご苦労様、これ終わったらカットするからとりあえず一番右のタンクに入れといて」
「え、ここ? いっぱいだよ」
「二段目作った」
「ほんとだ。こんなに積んでいいの?」
「上下が接触しないように置いたら大丈夫」
「俺責任重大じゃん。ここも煌先生着任してすぐぱんぱんになっちゃったね。来年は外に水槽増設しようかなってハカセこの前話してたよ」
「本当に? それすごい嬉しい」
ちょうど手狭になってきたなと思っていたところだった。
「あ、でもまだこれ内緒ね。十一月に予算見てみて決めるっぽいから」
「うん。今日の予定は?」
「十一時からハカセ連れて漁業団体と合同会議」
「…頑張れ」
西ノ森教授は代表なので各所の参加義務がもちろんあるが、いかなる時も矢面に立ってくれる海広がいるおかげで煩わしい会議などに参加することなく研究に集中することができる。
「頬、緩んでるよ。自分じゃなくてよかったって顔あからさまにするのやめてもらえます?」
「バレてたらしょうがない」
ふてくされた海広は口をへの字に曲げ机に顎をのせる。
「もうなんでかなー。絶対こういうのって俺より煌先生の方が向いてると思うんだけどなー。ま、これも仕事だからもちろんやるんだけどね? でも煌先生って責められても冷静に切り返せそうじゃん?」
何を根拠に言っているのだろう。アメリカに十数年いたとて話術を鍛えられたと自負する瞬間など今までに一度もない。
「海広は話術で上手く誘導できるだろ」
「できないよ、漁師のおっさん達なんてあったま硬くてなーんも聞き入れてくれないんだから」
「苦しくなったら西ノ森教授に振ったらいいんじゃない」
「ダメダメ、ハカセの数字攻撃が脳みそテトラポットでできてるおっさん達に通用するわけないよ。十一時までなんか手伝う?」
「いいの? じゃあ僕の後ろのタンクの中にある the bigest fragments 一つずつカットして。3polyps each」
「ちょ、すごい自然に英語に切り替えるのやめてよ」
「あ、ごめん。えーっと」
長年日本語を使っていなかったせいで相互チャンネルが上手く合わせられず、日常生活では言葉に詰まるくらいで済むけれど専門用語となるともうダメだった。意識する前に英語が混じってしまう。少し停止して脳内の『日本語』と書かれた引き出しをあれこれ開けたが、それより作業を見せるのが早いことに気づく。
「って、もういいや。これを、こうしてこう、みっつづつ」
「諦めた! 諦めたね?」
「いいじゃんもう、この際海広も英語のまま覚えなよ。役立つよ」
「じゃあ俺も沖縄弁で話すよ? でーじ役立つさ」
「僕は、外でいくらでも沖縄弁を聴ける環境下に置かれてるからいいもん。でも海広は学術書、翻訳なしで読めるようになりたいって言ってただろ」
「いやそれはですね、まずbe動詞と一般動詞の区別がつくようになり、日常会話を完成させ、それからっていうステップバイステップの話で、いきなりヒマラヤ山脈登攀できないよって。あ、登山といえば岡夫妻が」
「ヒマラヤ登頂?」
「ではないけど、二人で登山も最近趣味なんだって。今月末から夏休み休暇じゃん、どこだっけな…長野県の山登るって言ってたよ。あ、双六岳?」
「なんというアクティブな夫婦…」
結局ただの有休消化ではあるのだが、センターでは仕事が落ち着く八月末から職員は交互に十日づつ夏休みを取っていい決まりになっているらしかった。五月のサンゴ礁の大産卵日を避けながら、移植にベストシーズンの秋冬に備えるとまとまって取れる休みは消去法で自然と夏の終わりになる。合理的だ。
今年は岡夫婦を皮切りに海広、そして西ノ森教授と続く。煌は六月からの着任なのでまだ有給は発生してないのだが残業のしすぎで帳尻を合わせるため二日休みを遣わされた。海広の夏休み開始と同じ日から土日を合わせて実質四日もある。
「煌先生はそういう楽しい予定ないの?」
「特には。まだ沖縄にも慣れてないし普段通り生活するかな」
「勿体無いなあ。日本にも帰ってきたことだし実家とか帰ったらいいんじゃない? 国内線で行けるよ」
「実家には帰りたくない。…カットしたらプレートに貼り付けて、端っこに油性で日付書いて」
創一とかつて歩いた駅や風景を、まだ平常心で見れる自信がなかった。不意に来た動揺を隠して煌は話題を変える。
「何色?」
「しろ」
今週のプレートの色だ。週ごとに皿の色を変えると遠目で見てもどの時期に組織を切り取ったかすぐ見分けることができる。
「英語といえばさ、聞きたいことがあったんだ。俺たちがやってることって日本語ではサンゴ移植って言うじゃん。でも学術書読んでるとレストレーションって言葉が主に使われてるよね?」
「そうだね。移植は『transplant』で『restoration』を意味するのは復元。日本人とアメリカ人で同じことをやってても言葉の表現が違ってくるって、すごく興味深いよね」
「やっぱ同じ意味だったんだ。なんでだろーって読んでてずっと疑問だったんだよね。もしかして違うこと言ってるのかなって」
「母体から数センチ組織をもらって、それを大きくしたら、元の海の土に戻す行為。違わないよ」
「煌先生はどう思う? 復元だと思う、それとも移植だと思う?」
難しい質問に手を止めた。
新しく作ったものを元あるものに置き換えることなのか、元あるものを同じように再生させることなのか、確かにニュアンスは少し違う。
「わかんないけど、僕は移植の方がしっくりくるかな」
「え、なんで? 移植って、手術とかで使う用語のイメージが強いから、ちょっと言葉自体、重いじゃん」
「だからだよ。人間は自分たちの手で勝手に自然を壊してて、今度はそれをいじって元に戻そうとしてて。僕らはその身勝手さを忘れてはいけない気がするんだ。だから言葉を使うたびに、その覚悟を背負う…そんな感じ」
「うーん真面目な煌先生らしいな。でも俺は、なんとなく復元って言う方が好きだなあ。復元って聞くとさ、壊れたものを元に戻す想像しない? 古いものとか、関係にも使うよね。一度は失ったって諦めたものが元通りになることって、希望があってロマンチックだ」
そういう海広こそ、本人らしい答えな気がした。楽観主義なのはきっと芯の部分で自分、あるいはもっと大きな何かを信じていられるからだと煌は海広を見ていて思う。
根拠がなくても、証明する術さえ不明確でも。
創一は、ある意味で煌と似ていたかもしれない、とふと思う。
当時二人で話してもこんな風に、海広のように明るい結論に煌がたどり着いたことはなかったような気がする。それは創一の影響か、はたまた不安定な年頃のせいかは測れないが、高校生だった煌の窓から広がる景色は霧に覆われたり、時には混沌と渦巻いて見えた。
来る日も来る日もラボに篭って数千のデータを取り何十億分の一の正解を見つけようとしても、本当にそんなこと可能なのだろうか、と唐突に高校生の当時抱いたような強い動悸に駆られることがある。解決策を見つけられなかったら、助けられなかったら、と考えると真っ暗闇に放り込まれるより心細い。
海広のように希望を捨てないでいられたら。
「僕は海広のように考えることができてたら、もっと生きやすかったのかもな」
「あはは、なんでいきなり反省モードなの? 煌先生は煌先生のままでいいよ。臆病で小心で、いらんことぐるぐる考えちゃう性分でも」
「今のどこらへんで納得すればよかった?」
「ほんとほんと。なんでかって言うと、煌先生みたいな人を海面に引き上げてあげるのが俺みたいなやつの存在価値だから。サンゴは魚に家を提供して、魚はサンゴの掃除をしてあげて。人間界にもうまい具合に、それぞれの役割分担があるんだよ」
「じゃあ海広から見た僕の存在価値は?」
幼稚すぎる質問だとわかっていて、問わずにはいられなかった。
「煌先生がここにいてくれること」
臆することなく言い放つ海広を心の底からすごい、と尊敬した。
他人をそこまで受け止められる人間を、煌は他に知らなかった。誰にでもそんな風に安心させる言葉を投げるのだろうかと、それから心がざわつきもした。もちろん海広が不平等に特定の誰かを扱うような性格でないのは知っている。知っているからこそ余計、自分の感情について行けない。
例えば、会ったばかりの人やすれ違うほぼ無関係の人が不安に思っていたり道に迷っていたら、あるいは差し出された手の中にパンやお金を握らせるように、その時もこんな優しい目をして大丈夫だよ、と声をかけるのだろうか。
そうじゃないでほしい、と煌は瞬間的に思った。
海広の中で煌が煌であり、何らかの特別な意味をなすものであってほしいと思うのは傲っているだろうか。
移植か復元か。
海広の破片をひとかけらでも砕いて、自分に埋め込むことができたら、と想像する。
いつかその組織は煌の中で大きく育つのだろうか。
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