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第11話 わかんない、わかってる
明日は泊っていけ。
そう言ったのは、確かに自分だ。なのに、その約束に翻弄されている。立花は、名残惜しそうに帰っていった相楽の背中を思い出しては、体が熱くなって困っている。
あんなキスが、自分にできるなんて。
相楽との時間を思い出せば、すぐに心臓が走りだす。なんだあのくらいでだらしない、と自分に言い聞かせても、動悸は収まらない。
甘くて熱くてちょっと苦しい。
衝撃的だったと言ってもいい。だって、立花はずっと一人だったのだから。
学校では自分から会話を避け、会社員生活は一か月も続かなかった。
親しい友人、ましてや恋人だった人もいないけれど、欲しくもなかった。嫌な奴には近寄りたくないし、良い奴にはもっと関わりあいたくなかった。自分との違いを、ただ目の前に付きつけられるだけに思えたから。
本当は、シャロンでの仕事を言い訳にして有実子が作ってくれた居場所に引きこもっていたに過ぎないのに。
でも、これからは違う。
相楽と何かが始まって、それは次の姿を現そうとしている。
何もなく穏やかに過ぎていくのが、待ち望んだ生活だと思っていた。それが手に入った毎日は、幸せだと思っていた。
でも、質の違う幸せがあるのかもしれない。
いや、幸せって?
「幸せなぁ。本の中には沢山書いてあるけど。毎日のケーキが上手く完成したら嬉しいけど、そういう事しかわかんねぇな」
独り言がこぼれると同時に、頭の中が空っぽになった。ぐるぐると宛てもなく巡り続けた思いは、その回転運動を突然止めたらしい。
唐突にぽかんと空いた空間に、次に浮かんだ言葉は「眠い」だ。
立花は、南の寝室に戻って布団に潜り込んだ。
眠る前に、押入れからもう一組布団を引っ張り出して、大きく広げた。明日、天気が良かったら外に干そうと思いながら。
翌朝も、目覚めと共に仕事を始めた。日ごろのルーチンではあるけれど、早朝から菓子を焼いて盛り付けの絵を描いて。
その時、ふと有実子の顔が浮かんだ。
彼女の朝食も用意して、たまには一緒に食べてみようか。その時、相楽が泊りに来ると伝えてみようか。
でも、その考えを気恥ずかしさがすぐに打ち消した。
子どもじゃあるまいし、三十歳を越えようかという甥の家に誰が泊りにこようと有実子だって気にしないだろう。それに、なんと説明するのだ。自分だって、まだ何の覚悟もできていないのに。
心配をかけてきた親のような人に、安心してほしい気持ちと照れがせめぎ合う。
こんなこと、世間の幸せな子どもはもっと前に済ませているだろうに。
「まぁ、でも、もう喜んでたか」
半年以上前、立花が相楽のモデルになったというだけで、有実子はひどく驚いていた。そして、立花の世界に変化が起こることを、喜んでくれていた。
「もう、友達、だけじゃないんだよって言ったら、どんな顔するかな」
立花は、いつも有実子に託すメモ書きに、一言添えることにした。
゛今日、相楽が俺んとこに泊まりで来ます。明日の仕事はいつも通り”
そこまでが、精一杯だった。
☆
ぴったりとしめたガラス窓が、秋風にがたがたとゆれている。外は寒いが、午後の日差しは暖かい。
静かな家の中では、立花がキーボードをたたく音が響いている。相楽からの連絡はまだない。スマホが揺れるまでは、集中して源氏物語の面倒をみなくてはならない。
ここ数年のトレンドなのか、「源氏物語」から試験に出題される部分はいつも同じだ。今日も、若紫が雀が逃げたとぐずっている。
一枚目の答案用紙に赤文字で注釈をいれ始めると、添削のスイッチが入った。
そこから暫くは、スマホを忘れて平安時代の文章の海に潜り込み、言葉をより分け整頓し続けた。
─ ブブ、ブブ、ブブ。
スマホが揺れた。
素早く画面を開くと、到着は30分後だという。
立花は、一瞬頭がかっと熱くなった。思わずパソコンの電源を落とそうと手が動いたけれど、寸でのところで引き返した。まだ、30分ある。目の前の仕事を先に済ませてしまおう。いずれ光源氏の手に落ちる子どもは、まだ祖母と静かに暮らしているのだから。
それにしても、子どもの幸せとは儚いものだと、つくづく思う。どこで誰の子として産まれるかは、全て運なのだから。
でも、その運が好転することがある。立花は、それを身をもって知っている。
闇の一歩手前で引き上げてもらった子どもは、もう大人だ。自分で、幸せを掴みにいっていい。誰かと幸せになっていいはずだ。
ここに至って、立花の覚悟は決まったといっていい。
相楽を、ただすっぱりと受け入れてしまおうと。
☆
窓の向こうの空が、赤く燃えている。もうすぐ相楽が来る。
立花は、落着かない気持ちを振りはらうように、仕事を片づけヤカンに湯を沸かした。お茶を飲むかどうかわからないけれど、何かしていないと間がもたない。
遠くで、ガラガラと引き戸を開け閉めする音がした。
「連さーん」と、いつもの呼び声がする。
声がでかいんだよなぁ。と、いつも通りに返事をすればいいだけなのに、声が出ない。立花は、グラスに水を汲んで飲み干そうとして、噎せた。
「エホッ!グッ……!」
「うわっ!」
喉を抑えて苦しんでいたら、相楽が飛んできた。大丈夫かと背中を叩いたりさすったりしてくれる。立花は、恥ずかしくて顔があげられない。
「大丈夫、だから」
「ほんとに?」
「ちょっと噎せただけ。タイミング悪……んん!」
寄せられていた体から離れようとして、伸ばした腕を逆に掴まれた。そのまま両腕の中にとらわれたのは、立花が迂闊だったせいか相楽が巧みだったせいか。
「連さん。来ました」
「わかってる」
「わかってない」
「何が」
つい言い返す立花の口を、相楽はするっとふさいでしまう。額に唇を押し付けて。背中を大きな手で撫でおろして。
「秋は、暗くなるのが早くていいですよね」
「都合がってこと?」
「まぁ、そうですね。今日はとくに」
「お前、いいのかよ。俺で」
「まだ聞きます?連さんがいいんです。連さんと色々したい。色んな連さんが見たい」
そういうもんでしょ?と、相楽の目が甘く囁く。
立花は、急速に夜に向かう空と、時間的にはまだまだ夕方を指し示す壁掛け時計の両方を見比べて、どうしたらいいか決めかねている。
「とりあえず、風呂、借りていいですか?俺、今日も工房にいたんであんまりキレイじゃないんです」
どうですか?と首をかしげて見せるから、立花はなんとか大人の顔を取り戻して頷いた。
「分かった。用意するから、お前、その辺座っとけ」
逃げるように背中を向けると、呑気な返事が追いかけてきた。立花は、ひどく恥ずかしくていたたまれない。
頭は熱くてまとまった事を考えられない。ならば、体を動かすのみと風呂の準備をして箪笥の奥からバスタオルを一枚引っ張り出した。
これも洗って干しておけばよかったと気づいても後の祭りだが。
「ほら。行って来いよ」
「はい!」
相楽は、ニコニコして風呂に行きあっという間に出てきた。
「めちゃくちゃ早いな」
「さっぱりしました!」
イマイチかみ合っていない会話から、互いがそれなりに緊張していることを悟る。立花は、冷蔵庫から缶ビールを一本出して、そのまま自分も風呂に向かった。
シャワーを肩にあてながら、あいつは缶ビールを飲んでいるだろうかと思う。
ボディソープの泡で足を洗いながら、どこまで触る気だろうとふと気になる。
洗面所の鏡に自分を映して、硬くて薄っぺらい男の体にがっかりする。せめて、もう少し筋肉があれば触り心地も悪くなかろうに。
熱い湯で体は暖まったけれど、立花の顔色はあまりよくない。ふさいでいると言ってもいいくらいだ。
台所でビールの空き缶をゆすいでいた相楽は、その顔を見て驚いた。
「どしたの?具合、悪い?」
「いや。そうじゃない」
立花は、自分の眉間にくっきり皺がよっていることに気づいていないらしい。相楽は、そっと近づいて、眉間を指で撫でる。
「ぎゅぎゅっとしてるから、気持ち悪いのかなって。あの」
「だから、そうじゃなくて!……ごめん」
思いの外大きな声が出て、立花はますます俯いてしまう。相楽は、オロオロしつつもやっぱり立花をゆっくりと抱き寄せる。
「俺が、嫌?じゃない?」
「嫌じゃない。ないけど」
けど?と促してみるけれど、続きの言葉はでてこない。でも、相楽が背中や頭をなでると、立花の頭はこてんと相楽の胸に寄りかかってくる。
「ちゃんと確認してなかったから、かな。少しおしゃべりしましょうか」
あっちで。
と、相楽は、南の寝室を指さした。
立花は、促されるままについていった。
☆
寝室の照明は、少し暗めにした。
広げっぱなしの布団をくっつけて、立花と相楽は一つの掛布団の中に納まった。
「苦しくないですか?」
「まぁ。うん」
「えーっと。で、改めてなんですけど。俺は、連さんが好きです。できたら、エッチもしたい。色々調べたら、入れなくても裸でくっついて触って気持ちよくなれるってのもわかったから。痛かったり無理だったりは、しなくても。いいはずです」
相楽は、立花を胸に抱き寄せたまま、ひそやかに言葉を重ねた。立花は、小さな相槌をうちながら、それを静かに聞いた。
「で、その、そういう事、ちゃんと話してなかったから、怖がらせちゃったかなと思ってます。あの、どうでしょう?」
最後は、とても真摯な質問の声だ。
立花は、さっきまでのピリピリした気持ちが嘘のように凪いでいくことに気づいていた。
「ありがと。うん。そういうの、どういう風に想定してんのかなって。俺、男だしなって思ったら、急に間違ってんじゃないかなと思いはじめたりして。その、体が、あんまり」
「魅力的ですよ?」
「だから、莫迦だっつの」
「いいんですよ。でも、間違ってほしくないんですけど。連さんみたいな細めの男の人がタイプなんじゃないですからね。連さんがいいんです。すらっとした背筋と、しっかりした二の腕と、よく動く肩甲骨。あと、気づいてないかもしれないですけど、足首のくるぶしも可愛いです」
「はぁ?くるぶし?いつ見てたんだよ」
「ええ?知り合った時から、ずっと素足にサンダルじゃないですか。くるぶし、ずーっと見えてましたよ」
「っていうか、くるぶし、見る?ふつう」
「普通なんて知りません。俺は、連さんの色んなところを触りたい。今はめっちゃチューしたいです」
「子どもじゃないんだから、すればいいだろ」
「もう、大丈夫?」
本当に?と目をのぞき込んで聞くと、立花は照れくさそうに笑って小さく頷いた。
相楽は、ぐんと背筋に力がこもった気がした。それでも、そっと顎に手を添えてゆっくり唇を合わせたら、立花の方から誘い入れてくれた。
今度こそ、本当にOKなのだとわかった。
相楽は、舌を差し入れて、丹念に歯をなぞっていった。上あごを撫で上げて、舌を巻きとるようにして吸いあげた。必死で受け止める立花の顎があがって、体勢が崩れていく。すかさず、両足の間に膝を差し入れて、上から圧し掛かるようにして首すじに吸い付いた。
「あ、あ、ふ、あ、」
呼吸が荒くなって、立花の口から小さな声が漏れる。その声がやけに弱くて優しくて。相楽は、加速をつけて熱くなる腰をぐいぐいと押し付けないではいられない。
「あ、ま、って、」
「ん……はい」
相楽は、何とかして首元から離れて、立花の顔を見下ろす。
「このまま、する?」
「できたら。したい、です」
「じゃ、電気、消して」
相楽は、無言で立ち上がると照明を消して、上衣のカットソーを脱ぎ捨てた。
そして、横たわる立花に覆いかぶさると、ゆっくりと上衣の裾から手を入れて素肌を撫でた。
「こういうの、何人目?」
「そういう事、聞く?うーんと、3人目だけど、男は連さんが初めて」
「何とかなりそう?」
「まだ聞く?」
相楽は、不安気な目をした立花の手をとって形をかえはじめたものを布越しに触らせた。
「あ」
「連さんも、ちょっと大きくなってきた」
嬉しそうに、相楽が立花の前を撫でる。
「ば、莫迦!」
「だって、嬉しい」
そう言って、手を腹から深く差し込んで、胸の小さな粒を指の先で弄ぶ。
「そこも?」
「ここも」
困惑する立花を置いてきぼりにして、相楽は上衣をたくし上げて顕わになった粒を舌の先でつつく。
「ん……。そこ、何か、変」
「どう変?」
「あの、なんか、あの、だから、先っぽと」
「どれ」
舌で乳首をいじりながら、もう片方の手で膨らんだ立花の中心の先をゆっくりと撫でる。すると、確かな湿り気が感じられる。
「繋がってるの?可愛い」
「可愛く、ないっ」
悪態をついているように聞こえるけれど、立花の声には力はなく、その代わりに甘さを周囲にまき散らしている。
「いっぱい、触ろう?」
いつもより一段低い声でささやかれて、立花の背筋がぶるりと震えた。
相楽も、もう返事は待たない。濡れているのは、自分も同じだ。
緊張しつつ身を任せる立花が可愛くて、相楽はひたすらに手と舌を這わせる。撫でて、掴んで、揉んで。押し付けて、喫って、噛んで、しゃぶる。
くっきりした鎖骨は肩甲骨と同じくらい美しくて、とがった骨の先を吸うと立花の塊は透明な滴を溢れさせた。
ここが可愛い、ここがきれい、ここがやらしくてすっごい好き。
一つ一つ教えるように、指と唇をあてて、立花の体が甘く緩んでいく様を味わっていく。
そうやってすっかり脱力した体を後ろから抱きかかえて、小さな尻の狭間に指を這わせた。
「あ」
「ん?嫌?怖い?」
「お前は、嫌じゃないの?」
「触りたくってしょうがないんだって」
「俺、どうしたら」
「そのまま力抜いて横になってて。痛くないように、ジェルも使うから」
耳元でささやくと、目元を赤く染めた立花は一度だけ強く頷いた。それからぎゅっと目を閉じた。
やっぱり少しは怖いのだろう。
相楽は、される側の怖さとする側の勢いのバランスをなんとかしてとらなければならない。
放り投げたボトムを手繰り寄せてジェルを取り出すと、指に乗せて、もう一度入り口へと手を伸ばす。
ニュッとジェルの感触が先にきて、すぐにまだ硬いけれど暖かい入り口の皮膚を感じる。
立花も触られているとわかったらしく、一瞬肩をすくめて、それから苦労してふーっと息を吐いている。
相楽は、背中に唇でふれながら、ゆっくりと指先で入り口をなぞった。くるくると縁をなぞったり、少し左右に引っ張ってみたり。
そうして、小さな入り口から中にジェルを送り込んで、たまにそのまま前にも手を伸ばしてマッサージをするようにゆるやかに撫でさする。
「ん、ん」
と、小さな喘ぎが喉奥から漏れてくるのを聞くだけで、相楽は熱くなって仕方がない。冷静にと思いながら、張り詰めた塊を立花の足にこすりつけてしまう。
「あ、ああ、な、これ、いつまで?」
「そろそろ、少し進みましょうか」
「お前、焦らして楽しんでんのかよ」
「まさか」
許可が出たのなら、少し大胆に。入り口で足踏みをしていた指を、すーっと根元まで差し込んだ。
「入りましたよ。これ、わかります?」
相楽は、その指をゆっくり出し入れしたり内壁を撫でたりして、立花を煽る。
「わか、る。っていうか、そんなとこに、ほんとに入るんだな」
「はい」
もう少しいけるんですよと言いながら、相楽は中指に添わせるようにして薬指も入れる。二本の指は根元をきゅっと締め付けられながら、中をぐるりと撫でたりばらばらに内壁を押したりする。
「あ、あ、なんで、そんな、俺、ばっかり変」
小さいけれど、はっきりと声が漏れる。濡れたままの塊を、立花がぎゅっと握りしめている。
もう、我慢できない。一度、自分の手でイク姿が見たい。
相楽は、体を起こして立花を仰向けにした。
「なに?」と目で問う相手には頷きだけを返して、そのまま両足を開いて腰をぐっと持ち上げた。
「あ、な、んで」
「見せてね」
相楽は、目の前の入り口に改めてジェルを流し込み、ゆっくりと指を差し入れた。
それだけで、立花の腰は震えて塊はびくびくと揺れる。
相楽は、精一杯体を前に倒して立花に囁きかけた。
「お願いだから、このまま。ね」
その声に、立花は答えなかった。
抑え込まれた胸が苦しくて、声がでなかったからなのか恥ずかしかったからなのかはわからない。
ただ、相楽の指が何度も内壁をこすり反対の手が固まりを扱くから、粘ついた音と荒い息しか聞こえなくなった。
わからない。何もわからないのに、気持ちいい。
焦点の合わない目で見上げれば、自分を翻弄する男は熱い目で自分を見ている。
その目が、いいと言っている気がして、立花はわからなくてもいい気がした。
ただ、気持ちよくなっていいんだと、わかった気がした。
びくんと大きく体が揺れた時、自分の腹に熱いものがかかった時、 全部が全部気持ち良くて何故か涙が一粒こぼれた。
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