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第4話
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城壁で守られたような高級住宅街だが、どこの世界にも抜け道はあるし、警備の抜け穴もあれば、ここに住む顧客にツテもある。
そのいくつかを駆使して、アオシたちはヨキの家へ辿り着いた。
「おうち、ここ!」
夜明け前、その豪邸を前にしてヨキが笑顔になったのも束の間だった。
「パパも、おとうさんも、おにいちゃんもいない……」
屋敷へ入るなり、ヨキは立ち尽くした。
ナツカゲが先に入って安全確保をしてからヨキとアオシが家屋へ入ったが、そこに人の気配はなかった。
お屋敷と呼ぶべき豪邸は立派な佇まいで、きちんと清掃が行き届いており、それでいて子供用品やちょっとした生活用品から、家庭的な雰囲気も存分に見てとれた。
家財道具は、子供サイズが二つと、獣人サイズと人間サイズがひとつずつ。体格や種族、生活様式の異なるそれぞれが生活しやすいように、誰かが不便を感じないように、みんなで譲り合って、助け合って生活しているのが家の雰囲気から伝わってきた。
しかもそのうえ、子供が怪我をしないように、子供の安全を優先するかたちで物が配置され、機能的で住みやすい造りにもなっている。
ヨキの親が、二人の子供を気遣ってこの家を造り上げていることが、手に取るように分かった。
二人の子供の描いた絵、賞状、トロフィー、家族写真、記念品、いろんなものが飾られていて、ヨキの両親が子供たちを深く愛しているのは明白だ。
だが、その温かい雰囲気の邸宅には、わずかばかり襲撃された痕跡があった。
床には少量の血痕があり、なにかを探していたのか、家捜しされたような乱雑さがそこかしこに残されている。
「…………警察と、国軍?」
靴痕から、アオシはそう判断する。
この特殊な靴跡は、軍や警察の官給品だ。
「ビジネスシューズもあるな。……それと、複数の虎の匂いだ」
ナツカゲは鼻を働かせ、ヨキの親以外の虎がこの屋敷に侵入したことに気づく。
ビジネスシューズは獣人が多用するサイズで、靴箱にあったヨキの両親の靴のサイズとは違った。
警察と国軍、ビジネスシューズを履くような者たちが家族の巣に立ち入って、一体なにを探したのか……。
それも、状況からして、息を殺して狩りをする獣のように静かにこの屋敷へ忍び入り、家人を強襲したに違いない。
異様だ。
いくらプライバシーが守られているとはいえ、一家全員が行方不明になっているのだからニュースになってもおかしくない。
高級住宅街に住むような人物ならば、会社をいくつも経営しているか、貴族の家柄か、著名な人物か、なにかしら社会的な地位があるはずで、他者とのかかわりも多いはずだ。
写真で見る限り、上の子は学校に通っているようだから、登校していないとなると学校から所在確認の連絡が入るだろうし、親とも連絡が取れなければ、学校は、警察や、この住宅地の警備会社などに連絡するはずだ。
それすらないということは、情報統制されているということだ。
この一家にかかわる情報すべてが、どこかで握り潰されているということだ。
国家機関に介入して情報統制できるほどの有力者や有力な組織、もしかしたら、国軍や警察までもが、この一家失踪事件にかかわっている可能性が高い。
「警察に迷子届けは出さないほうがよさそうですね」
「あぁ、今回ばかりはそれが正しいだろうな」
「ヨキは、自分がどこで誘拐されたか覚えてないらしいんです」
アオシは、ここへ来るまでの間にヨキから聞き出した情報をナツカゲと共有する。
「恐怖からくる一時的な健忘ってやつか?」
「そんな深刻な理由じゃなく……、単純に、午前中から家族で出かけて、夜はレストランでメシ食って、パパにだっこされてうとうとして、気がついたら家に帰ってきてて、庭に車が停まって目が醒めて、またうとうとして……ってとこまでしか覚えてないらしいんです」
「寝ぼけてたのか……まぁ、三歳でそれだけ説明できたら充分だな」
「あいつ、のんびりふわふわしてますけど賢いですよ。たぶん、その直後に誘拐されたか、留守中の家に侵入した何者かに帰宅と同時に襲撃されたかしたんだと思います」
「長居は禁物だな。二階と庭をもう一度確認して、車で待ってる」
「はい。……ヨキ、そろそろ……」
アオシは、暖炉の前に立つヨキに声をかけた。
「…………んっ、しょ」
ヨキは背伸びして暖炉のうえに手を伸ばそうとしていた。
「危ないぞ、ほら」
ヨキの両脇を抱えて持ち上げ、暖炉の上に視線がくるようにしてやる。
そこには、家族写真がいくつも飾られていた。
「これ、ぱぱ」
ヨキが指さして教えてくれる。
「パパ、男前じゃん。それに、めちゃくちゃ優しそう」
「やさしくて、つよいよ」
「毛皮もっふもふだな。……じゃ、こっちがお父さん? すげー美人」
「美人だし、かわいいよ。小鳥さんみたいにね、ヨキ、ヨキ、だいすきって呼んでくれるの。かわいいの。いっつもにこにこしててね、しょっちゅう、ヨキとおにいちゃんをぎゅうぎゅうハグしてくれてね、ちょっとうっとうしいけど、しあわせなの」
「そっか、幸せか。……これが、兄ちゃん? 兎の耳あるけど……」
「うん! とってもかしこいの! ヨキといっぱい遊んでくれてね、ちっちゃい飛行機とか作ってくれたりね、お砂場でじっけんして、ちっちゃい砂漠とか作ってくれたりね、プールで海の波を作ってくれたりするの」
「賢いんだなぁ。……あのな、ヨキ」
「うん」
「このおうちには、パパとお父さんと兄ちゃんがいなかっただろ? だから、ほかのところを捜そうと思うんだ」
「……うん」
「この家はヨキの家だけど、一人でこの家でみんなが帰ってくるの待てないだろ?」
「待てるよ」
「待てるか~……、でも、みんなが帰ってくるまで何日もかかるかもしれないんだ。そしたら、ご飯とか、お風呂とか困ると思うんだ。パパやお父さんや兄ちゃんと、一人の時にお風呂場に近寄ったら危ないからだめとか、火を使ったらだめとか、外に一人で出ちゃだめとか、約束しなかったか?」
「した」
「ヨキはそれ守れる子だろ?」
「うん」
「じゃあ、俺とナツカゲさんでヨキの家族を捜すから、みんなが帰ってくるまで、俺たちの家で待たないか?」
「アオシの家?」
「そ、俺とナツカゲさんの家」
「……プールある?」
「プールはないけど、家の前に川があって、めちゃくちゃ景色がいいよ。釣りしたり、水遊びしたり、舟遊びしたりくらいならできる」
「フルゲオ川?」
「よく知ってんな」
「パパとおとうさんが、朝のおさんぽデートした川……」
「……めっちゃらぶらぶじゃん。窓からその川がよく見えるから、朝、一緒に歩いてみるか?」
「うん」
「じゃあ、行くか」
「…………」
「ごめんな、写真とかは持っていけないんだ」
「おとまりのおきがえも?」
「うん」
家の中の物を動かしたり、持ち出したりすれば、この家に誰かが侵入したとすぐに分かってしまう。再び、国軍や警察がこの家に入った時に、気づかれてしまう。
「そのかわり……、っと、その前に、ちょっと下ろすな?」
ヨキを床へ下ろして、携帯電話で家族写真をぜんぶ写す。
あとでこれをプリントアウトすればいい。
「アオシ」
「うん?」
「ありがとう」
「お礼はパパたちに会えてからな」
ぎゅっとしがみついてくるヨキと仔虎の尻尾に、アオシは顔をくしゃりとして笑った。
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