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落ちる

お題:『水滴』 ◇ 究極に蒸し暑い灼熱の体育館を出て、身体に当たった強い風に生き返ったような気がした。 俺は外に設置された水飲み場へ向かい水道で顔を洗った。 汗を流すついでに喉を通過する冷たい水に、また「俺って生きてるなあ」と実感する。 すぐそばのグラウンドではサッカー部員たちが地面を均していた。 夏休み真っ只中、今日は特に暑い。アスファルトには陽炎が揺らめいている。 外部は日差し直撃で大変だな。 そんなふうにぼんやりしていたら、突然顔を水流で叩かれた。いてえ。 「だははは!拝島(はいじま)ー!顔面ヒットー!」 「……」 「大サービス!シャワー!」 水の出どころは同じクラスでサッカー部の立川(たちかわ)だった。まだ水が流れ続けているホースを構えて大爆笑している。 俺が何か言う前に水は放物線を描き、今度は頭上からざばざばと降り注ぐ。 一人大雨状態で上から下まで全身濡れネズミ。 立川はまた爆笑し、次なる標的をグラウンドから戻ってきた部員たちに変えている。 俺の有様に周りのバスケ部の奴らは「うわあ」みたいな表情をしている。 ……立川。こいつ今日は遊びたい気分らしい。そうかそうかよくわかったぞ。 奴が後ろを向いた瞬間、俺は手元のハンドルを最大に捻った。 水を勢いよく噴き出した蛇口へ指を添える。俺の手腕で抜群にコントロールした水は槍のように細く鋭くなり、バカの背中をビシッと突いた。 「い゙っでえ!?」 「っはは~、ざっまあ~」 「このー!」 そんなことしたせいでまた水が飛んでくる。 果敢に応戦しながら、水飲み場に薄い虹がかかっているのが見えた。 ◇ 俺たちに触発されて、水道の前ではバスケ部とサッカー部合同の水遊びが始まっていた。 誰も止めないし楽しんでるあたり皆ストレス溜まってたんかなと思う。暑いし。 既に立川と一戦やりあった俺は疲れ果てて少し離れたベンチに座る。ウェアを絞るとなかなかの量の水が滴り落ちた。 と、すぐに元凶がふらっとやってきて俺の隣に腰かける。 どうやら武器は後輩に譲ったらしい。 手にはコーラの缶が二本。そのうち一本を特に何も言わず渡してきたので受け取る。一応ちょっとは悪いと思っているらしい。 「俺パンツの替え()えんだけど」 「まじ?ノーパン帰宅?拝島えっちぃー」 「死ね」 「つか聞いて。オレ、マイちゃんと別れた」 「マジ?なぜよ」 「なんかあ、会えなすぎみたいなそんなん?よくわかんね」 「うわあ」 最悪じゃん。と呟いて、俺はコーラを開けた。 舌の上でしゅわしゅわ弾ける炭酸にエネルギーが補給されていく。 立川はあんまり女の子と続かない。どうして部活一筋な奴なので、彼女が出来てもいつもその存在は二の次三の次になっている。 彼女のほうもそんなこいつと距離感がわからず、理解できずで結局離れていく。 告られて、振られて。立川はいつもその繰り返しだ。 「なーんか、なあ。続かないんだよな」 「んー。俺かお前が女だったらなー。絶対立川と付き合っていけるけどなあ」 「え…えー……?」 「だって今俺ら仲良いじゃん。それに俺だったらー、立川の部活馬鹿っぷりもちゃんと尊重できるなと思って」 「……なにそれ」 こいつの部活馬鹿なのは俺の目から見ても明らかなのに、どうして立川に言い寄る女はそこんところをわかってねえのか不思議だった。 だってさ、俺ならさ。 「いつもサッカー真剣にやってるけど、こーして遊んでほしいときは遊んであげるじゃん。俺なかなか立川のことよくわかってるつもりなんだけど」 それなりにちゃんと見てるつもりなんだけど、なんて。 ちょっと恥ずかしいこと言った気がしたから笑ってみる。立川は俺を見て固まってた。 珍しく返事が来ないなと思っていると立川は突然その場で立ち上がった。 「佐々木ぃ!オレに水かけろ!」 「へ!?はい!?」 「いーから!」 戸惑う後輩に命令し、立川は自ら顔面に水を浴びた。 そして横にいた俺も当然巻き添えを食った。せっかく乾きだしてた衣類がまたぐっしょりと濡れてしまった。 佐々木くんも「すみません!」とか叫びつつも容赦ねえな。 「……拝島」 「な、に……」 佐々木くんは秒で逃げて行って、その場にはまた俺ら二人が取り残される。 立川の髪や顎の先からぽたぽたと水が落ちる。 立川はそれを拭うこともせず口を開いた。 「ずっと前から好きだった」 「は?」 「オレは……。オレもお前も男でも、拝島と付き合いたい」 「なに、どうし…、冷静に」 「残念でした最っ高に冷静です」 返事に詰まり俺はコーラに口を付けた。 水は缶にも入り込んでいたらしく炭酸は薄くぼやけた味になっている。 立川が俺を向く。試合以外で滅多に見ない真剣な眼差しに目が離せなかった。 「オレ、拝島じゃなきゃダメみたい」 男。で、友達の。 立川。が、俺を。……好き。 こんな状況で通常覚えるべきであろう感覚は全く生まれていなかった。 どこかで、こうなってもいいのかもしれなかった。 立川の気持ちもわからないままずけずけと隣に立てる彼女に苛立っていたのは、事実だ。 身体が妙に熱くなってくる。 そして不意に部員の水遊びのはしゃぎ声が耳に届いた。 そうだ、今日すげえ暑い日で。 今俺の心に渦巻く想いはもしかしたらこの夏の日差しのせいかもしれない。 暑くて頭がおかしくなっているのかもしれない。 「立川、佐々木くん呼んできて。俺にも水かけさせろ」 「……でも多分、拝島もオレのこと好きだよ」 「うるせー!さっさと呼んで来い!」 立川は笑って後輩を呼びつける。 俺は不味いコーラを飲み干した。水を浴びたあと、立川にまずなんて言おうか。 ー了ー

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