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臆病風

お題:『イラスト課題』→https://twitter.com/sousakubl_ippon/status/878553394964701184 ◇ 夏休みに入って数日程経っていた。 今日はなんだか日差しが強い。 そして普段と違ってとても賑やかだ。勿論、授業内容がではない。 ふと視界の端に映ったグラウンドで、うちの学校のサッカー部がどっかの他校を呼んで練習試合をしている。窓の外からは授業の最初から最後まで歓声や声援や怒声が飛び込んできていた。 夏期講習のあと昇降口を出て、僕のものとは違うスクールバッグを持った彼を見つけてしまったときは、時間が止まってしまったようだった。 けれどすぐに現実なんだと気付いた。 僕は足音も気配も消し、まるでそこには初めから誰もいなかったかのごとく素早く立ち去った。 ……まっすぐ家へ帰ればいいのに、僕は学校の敷地内をしばらくあてもなく歩き回っていた。 我に返ったときには校舎の外れの裏門までやって来ていた。そこでやっと身体が暑さを感じて汗がうっすら滲んでくる。 人通り皆無のこの場所に、少しばかりほっとした。 開花の時期を過ぎ葉ばかりになったミモザが、僕の身体に影を落としていた。 アスファルトを蹴飛ばすと乾いた音が鳴った。 「あっつ……」 髪を随分切ったらしい。 背はあまり伸びていないようだった。 相変わらず部活ばかりやっているんだろう。夏はまだこれからだというのにちらりと見えた彼の肌は健康的に焼けていた。 僕が中学の卒業式をさっさと帰ったのも、その翌日に他県へ引っ越すことを言わなかったのもすべてわざとだ。 感極まったあのバカが別れ際という状況に酔って僕を追ってこないようにだ。 なんとなく僕らの間に漂っていた、あの独特の雰囲気。それに確実な決定打を持たせ友情とは違う感情を名付け作り上げてしまうのが僕は怖かった。 だからこそ、彼は正しい道を行くべきだと思った。 色々なことを大きく阻んでくる世間や世界に僕は怯えた。僕が女性だったらいいのになんて戯言は腐るほど考えた。 きっと彼は優しい人だから、僕のために悩まなくていいことに悩むことになる。 ……暗黙のうちに気付いてしまっても、行動に移さなければこれは無いものと同義だ。だから間違えてしまったのを僕だけにした。僕だけで良かった。 彼はそのままなんとなく日常を過ごし、戻っていくのが一番いい。 「お前のことなんか、どうとも思っていなかった」 寂しさと愛しさは酷似している。 吊り橋効果が実在してしまう前に、覚める夢を見る前に、僕は無言で彼の元を去った。 なのに、なのに。 僕の胸のうちに忘れようとしていた愛おしさがふつふつと湧き上がる。 伝えなかった想いが滞留して喉元までこみ上げる。 「好き、じゃないよ」 僕は目を閉じる。 何度もそうしてきたように静かに呟き自分自身に言い聞かせる。 『中学時代に仲の良かったんだけど、引っ越しちゃったから今どこで何してるかはわかんない友達』。 僕が求めるものは、ほんのそれだけで充分なんだ。 彼の記憶のどこかに留めておいてくれればそれだけで。 僕の感情はまだ収まらないけれど、きっと時間が癒してくれるはずだから。 「――おい。何逃げてんだよ」 「……」 ああ、もっと人が多いところに逃げればよかった。 僕と彼しかいないこの場所はおあつらえ向きにも程がある。 走ってきたんだろうか、彼は荒く息を吐いていて額や首に流れる汗を拭っていた。 僕は、覚悟を決めなければならないようだ。 「久しぶりだな」 「……うん」 ざっ、と強い風が吹く。 空を切る音と、さわさわと葉が擦れる音が耳に届く。 この風が止まなければいいと思った。 だってこのあとはおそらく、経験したことないほど嬉しくて恥ずかしくて……。 「俺は…!ずっとお前のこと……!」 ああもう。ムードないなあ。 今のタイミングじゃあ雑音に紛れちゃうじゃないか。 彼を見る僕は、きっと笑っていただろう。 ー了ー

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