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重い想われ思うこと

お題:『密会』 ◇ 今日は土曜日だけど、模試が行われたので僕は登校していた。 模試を終えさて帰ろうとしたところでスマホが鳴る。 見れば恋人からの「会いたい」とかいう短いラインが飛んできていたので、僕は普段訪れない部室棟に向かった。 ちょうど午前の部活練が終わった時間のようで沢山の人でごった返している。 誰も彼もジャージやスポーツウェアを着ていて僕みたいに制服の奴なんか一人もいない。そして超賑やか。うーん。なんかアウェーだ。 しかし、やってきたサッカー部の部室はしんと静まり返っている。 「……長沢(ながさわ)?いる?」 半信半疑で声を投げてみるとドアにはめ込まれたすりガラスに人影が映った。 返事の代わりにドアが開いて、僕が何か言う前に腕が伸びてきて中へと引き込まれる。 気付けば僕は長沢に抱きすくめられていた。 僕はまだ開きっぱなしの部室のドアを後ろ手に閉めながら、もう片方の手で長沢の背中を撫でてやった。 ちらっと部室を見回すとユニフォームやらスパイクやら、漫画雑誌や荷物やら。ここは汚すぎてため息が出る。 いくら男しかいない空間とはいえもうちょっとどうにかしろよなあ。 「三浦(みうら)ぁ、会いたかった」 「ん…」 そんな僕の心境に気付くわけも無く長沢はキスを落としてきた。 額とか頬とかで軽い雰囲気にすればいいのに、ちゃんと唇にするあたり必死っつーか重いっつーか。まぁ、真摯でかわいいんだけど。 乱雑に散らかった男臭い部室でこんなことをすると妙な違和感というか、背徳感がある。 薄い壁を突き抜けて聞こえる喧騒もそれに一役買っている。 こんな場所、密会というか逢引というかそういうことするにはとても向いていない。 「なんそれ。昨日も会ったじゃん」 「えーだって今日は会ってない」 「つか部活は?」 「午後から。なー三浦。えっちしよ」 「はあ?ここでか」 「ねーお願い。すぐ終わらせるから」 「なんなん?そんなに僕に会いたかったん?」 「んー、うん……、だって三浦。もう帰っちゃうでしょ?」 通いの僕とは違い、長沢は寮生だ。 僕が長沢のもとに行かないと、基本的に長沢としょっちゅう一緒にはいられない。 そして長沢は僕が帰るたびに死にそうな顔をする。 「だから、今えっちするだけで寂しいの我慢するからさぁ……お願い」 「そういうの重いんだけど」 「んー…、でも、三浦は、重くても俺のこと嫌いにならないでくれるでしょ。三浦は俺のこと好きだもんね?」 長沢はそうやって自信満々な言葉を使うくせに表情は驚くほど暗い。いつもだ。 僕が長沢を嫌わないという自信に満ち決めつけた態度は、同時に僕を縛る。 狡猾に、上手に、僕の自我を自分の言葉で上塗りし奪いコントロールしようとしている。 僕と四六時中一緒にいたくて、僕を束縛しようとする。病んだ思考丸出し。これが無意識なのが更にタチ悪い。 「……ていうか僕、帰らんよ」 「え…。ほんと?」 「ほんと。大体僕だってお前に会いたかったからここ来てんの」 「そ…か」 「うん。お前の部屋で待ってっから。ヤんのはそんときな」 こんな面倒なことする必要ないのにね。 そりゃこいつの部屋へ連泊するたびにうちの親はうるさく言ってくる。それを長沢に伝えて愚痴るときもある。 でもそんな状況でもなんで泊まるのをやめないのかこいつは気付かない。 「三浦は俺が好きだから」という自己暗示に浸って、大前提の、僕自身が長沢を優先しているという事実に気付かない。 僕が長沢と一緒にいたいから。 シンプルでわかりやすい感情ほど、変に濁ってしまった長沢のアタマでは気付けない。 でもまあ、それでいいよ。長沢は勝手に病んでどんどん僕に依存すればいい。 三浦を手放したくなくて、僕をもっと好きになって、離れていかないよう必死に縋ってもがけばいい。 うざいし面倒臭いし病んでる長沢。でも結局好きなんだよねえ。 僕の『好き』は、こいつにちゃんと伝わってんのかな。 「んー…三浦、好き。やっぱ俺、死ぬなら大好きな三浦に殺してほしいなあ」 「あーもーはいはい突然物騒なこと言ってんじゃないの。ほら長沢。ちゅーしてあげるから屈んでよ」 「三浦、大好き」 「……僕も好きだよ、長沢」 ー了ー

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