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ありえない新生活 9
「待て! 君は……誰だ?」
「は……放せ!」
切羽つまったルイの声に叫び返して抵抗しても、捕まれた腕はビクともしねぇ!
ルイに掴まれたのは腕なのに、まるで胸の敏感な場所を鷲掴みにされたような感覚に驚いた。
こいつに触られては、ダメだ!
じゃないと、こんな緊迫した場面で、一人。
勝手に昂 り狂い、吐精するなんて情けねぇ姿を晒すことになる。
しかも、一度では収まらず、何回でも!
何とかルイから離れたくて暴れると、銀髪男がニヤニヤして嘲った。
「リジーが嫌がっているだろう? 手を放せ。それは身も心も僕のものだ」
それも、違う!!!
「俺は、誰のものでもねぇ!
少なくとも俺は銀髪男 のものではありえない!」
俺の言葉に、銀髪男の顔がみるみる歪む。
「貴様は、ここでも……この世界でも僕を否定するのか!?」
「は!? だからなんだよ!? ふざけんな!」
こんな銀髪! 今、この場で以外の何処で見たって言うんだ!!
「お前なんて知らねぇし!
もし、知りあいだって、こんな!
人の意思を踏みにじって犯す変態野郎と付き合うもんか!!!」
俺の持てる力一杯、全身全霊で銀髪男を否定した時だった。
「アイスマン殿」
地を這うような低い声が俺たちの間に割って入り、銀髪男は、びくりと身を震わせた。
ルイだ。
こいつは、壁みたいな自分の身体の後ろに隠すようにして、俺の手を離すと銀髪男を睨んだ。
その迫力に一瞬怯んだ銀髪男はふん、と鼻を鳴らして言い放つ。
「そこまで僕を否定するなら、リジーも一緒に酷い目に遭えばいい!」
銀髪男はおとなしく俺を開放する気も、ルイに捕まる気はねぇようだった。
俺とルイが互いの存在に気づいて、時を止めている一瞬の間に、アイスマンは身なりと、召喚魔法の準備を整えていやがったんだ。
銀髪男は、まるでオーケストラの指揮者のように指輪のごてごてついた両手を振りかざし、叫んだ。
『召喚! シーアーチャー!!!』
なんだ、そりゃあ!!!
WOWオリジナルの怪物の名前か?
聞き慣れねぇ召喚獣の名前に思わず心の中で突っ込みを入れた時だった。
銀髪男の指一本につき、一つの魔法陣が出現したかと思うと、適当に投げたフリスビーが飛ぶようにあちこちに舞い散った。
そして、それぞれが床や天井に張り付くと、魔法陣の中から一匹ずつ。人の背丈ほどもある巨大な緑のスライムが、ぬと~っと出てきやがった。
うえ、臭ぇ! 気持ち悪りぃ!
腐った海水みたいな緑スライムは、魔法陣から出ると背筋を伸ばしたような気がした。
とたんに、緑スライムの全身から鋭い棘が生える。
バババババッ バキバキバキッ!!!
部屋の床を壊し、天井を突き抜けて生えた棘の長さは、十センチぐらいから、一メートル。
その数、無数。
ウニのように全身を覆い、触ったら、ただの怪我では済まないだろう棘の凶悪さに俺は、とっさに身構え………やがて、力を抜いた。
うん。
シーアーチャーって、言うんだっけ?
こいつの棘、凄ぇな~~
刺したら何でも穴、空きそうだし。
実際、この部屋は船倉らしく、木材で作られ、一般的な部屋より若干低い。
天井と床は緑スライムから伸びた棘が、余裕で貫通してる……んだけど。
それって、どういうことかっていうと、召喚されたシーアーチャーは、自分の棘があちこち突き刺さり、引っかかって、身動きが取れねぇってことだ。
銀髪男は、俺たちを倒す為に怪物を召喚したつもりなんだろうが、実際に出てきたのは、トゲトゲのついたただのオブジェだったっていう……
「あ、れ?」
これには、銀髪男も予想外だったらしい。
かなりカッコつけた召喚ポーズのまま、顔を引きつらせ、召喚しても身動きのできないシーアーチャー に首をかしげている。
俺の方でも遅ればせながら『ピロリン』という音が鳴って視界の隅に小さなサブ画面が現れる。
これは『鑑定』機能。WOWに存在する全てのものの名前とレベル、特性が判る仕組みだ。
プレイヤーなら、標準装備の機能でレベルによって判る情報量も変わって来るが、俺のランクは当然運営特権 で最高のSSランクまで跳ね上がっていた。
公式の情報だけじゃなく、まだ仮機能だったり裏設定のメモまで挟んであることもある、特別機能だ。
そこには、WOWオリジナルの怪物、まだ開発中の シーアーチャーについてのことが、ずらずらと書かれてた。
ま、要は棘に刺さったら、毒と眠りと狂気 、麻痺状態のどれか。運が悪いと全部になるみたいだけれど、それもコイツがまともに『動けたら』の話だ。
どんな凶器だって、当たらなければどうってことはない。
魔物の召喚に緊張していたらしい、ルイもまた、軽くため息を吐く。
そして、部下に船倉内に居る人々の保護、逮捕を部下に命じて、自分もアイスマン に向かって詰め寄った。
「アイスマン殿。あなたはこれでおしまいだ」
「く、くそ! この役立たずの指輪め!」
どうやら、それで、シーアーチャーを召喚したらしい。
銀髪男が親指にはめた、ひときわ大きな指輪を外し、ルイに投げつけた時。
『それ』が起きやがったんだ。
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