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ありえない新生活 12
声をたどれば、銀髪男が怪物たちの棘の雨をかい潜り、大鏡に向かってる所だった。
さっきまで俺の醜態を写していた鏡だ。
それをずらして開いた穴に、銀髪男はためらいなく消えて行く。
うわ、怪しい通路……っていうか、まさに『ここ』が、ルイの運命の場所じゃないか!
入ったら、間違いなくルイは罠にかかって片目を潰される。
なのに!
「待て! 大神官!」
「ルイ! 入るな!」
俺が止める間もなく、ルイが銀髪男を追いかけ、鏡の裏の通路に続こうとした。
くそ! 狂気 判定まで、あと二分ぐらいだ! 間に合うか!?
時間があればルイを下がらせて、丁寧に罠の場所を探り、無効にすればいいんだろうが、そんなちんたらやってる暇は、ねぇ!
俺がルイの前に罠にかかり、矢を始末するしかない。
ルイと銀髪男、二人の後を追って走り出せば、蒼い鎧の騎士に行く手を阻まれる。
「邪魔だ! どけ!!」
俺はその騎士を容赦なく蹴り倒して初めて、ルイと一緒に船に乗り込んできた仲間の一人だと気が付いた。
ルイが何か怒鳴ってたし、俺を守るつもりで近づいたんだろうが、すまん! でも、俺は忙しいんだ!!
俺は、何とか既に隠し通路の入り口に手を掛けていたルイを押しのけるのに成功し、そのまま、通路に踊り込む。
とたんに、闇を切り裂く銀の矢が、ルイを庇った俺の目を狙って真っすぐ飛んで来やがった……!
ヒュッ! バシッ!!
「う……っ、あ」
ルイを汚す運命の矢は、俺の目に刺さる寸前に何とか剣で切り払う。
反動で思わず広間の方に向かって後戻りするようによろけた俺を、ルイの逞しい腕が抱きとめる。
「おい少年! リジー!? 大丈夫か!?」
慌てたルイの声に、俺は、大丈夫だと手を振った。
あ……危っねぇ!
剣士レベルを最高まで引き上げた上、ここで矢が飛んでくるのが判っていて、ギリギリ回避できたぐらいだ。
さすがWOW最強の戦士を仕留める罠。
いくらルイでも何も知らされて無かったら、確実にアウトだ。
思わずため息をついた俺に、ルイの心配そうな声が重なった。
「なんてことだ! 私の身代わりに矢を受けるなんて……!」
ルイが動揺している。
ゲームの中では見たことがねぇくらいに。
ルイはもっとクールで、スマートなやつだと思っていたけれど、案外熱い、気の優しいやつなのかもしれない。
そんなルイに、俺は何ともないと声をかけ、腕から離れようとしたときだった。
ヴィン! ヴィン! ヴィン!
突然耳障りなサイレンが鳴り響いたかと思うと、目の前に紅い光で『警告』の文字が出現して、踊る。
SS鑑定画面でも響いた淡々とした機械音が『それ』を告げた。
『警告。深刻なエラーが発生しました。
外部からの不法侵入、攻撃のため、VR版WOWのストーリーが大幅に変更されました。
ゲーム内に潜入中の運営職員は、ただちにログアウトしてください』
え?
突然の『警告』に何が起きたのか判らず、一瞬ぼんやりして、すぐ気づく。
うわ、ヤッバ!
これ、もしかしなくても、やらかしたの、俺!?
本来は、目が潰れるほどに大怪我を負うはずだったルイを助けたりしたから、なんかのエラーを起こしたのか?
だとしたら『外部からの不法侵入、攻撃』って所が少し変だけど、閉鎖されていない奴隷部屋といい、首残の首輪といい、俺の周りにはバグが渦を巻いている。
その上で、俺がルイを助けたことが引き金になったのか?
『警告。何らかの理由でログアウト出来ない職員は、ただちにサルベージ用緊急ビーコンを発射してください。
ビーコンが確認できない場合、ゲーム内からの救出が大幅に遅れるか、もしくはロストしてしまう危険があります。
命にかかわる場合もあるので至急……』
機械音が、至急ログアウトするか、今WOWの何処にいるかビーコンで知らせろって言ってるのは、判る。
だけれど、ログアウトなんて!
できるモノなら、とっくにやっているし、ビーコンも作動しない!
焦る俺に機械音声は、追い打ちをかけるように言葉を続けた。
『……倉 拓也、緊急ビーコン確認。残り二名、佐藤 光琉 、高遠エリカ、ただちにログアウトするか、緊急ビーコンを……』
俺の名前が呼ばれてる!
他に光琉もWOWにログインして作業中。俺と同じようにログアウトも、ビーコンも無理な状態なのか!?
一体何が起きているんだ!?
俺の質問に答えるようなタイミングで『ピロリン』と、音が鳴る。
そして淡々とした機械音が質問の答えでなく、新たな危機を告げて来た。
『螺ォ首ヨヵ 剣、不正使用五分経過。精神汚染の可能性があるため狂気 判定入ります。確率、正狂1/2』
うわ、しまった!
バグり気味の首残剣を使ったツケが、今、回って来やがった!!
この警告音騒ぎで、時間が来ても剣士レベルは最高のまま下げることが出来なかった。
首残剣も最強形である以上、もしここで狂気に堕ちれば、誰も俺を止められねぇ!
守るべきルイを一番最初に殺して、WOW を台無しにしてしまう!
何にも代えがたい大事なことに気が付いて、俺は祈った。
心から。
バーサク状態は、嫌だ!
狂いたくねぇ!
頼む、神さま!!
もし、どっかに居やがるのなら、俺にあと五分だけ時間をくれ!!!
――――――
――――
「おい、少年! しっかりしろ! もしかして何処かに怪我を負ったのか!?」
矢をかわして、よろけ、ルイに支えられたたまま。
本人しか聞こえない警告音に頭をかかえて動けなくなったエリカを気遣ってルイが叫ぶ。
そんなルイを見上げ、エリカは震える口で呟いた。
「悪りぃ、ルイ。今すぐ俺を捨てて逃げてくれ」
「そんな事できるか!」
間髪入れず叫んだルイの言葉を制してエリカは、呻く。
「俺はこれから狂気 モードに入る。
終了条件は、俺の目の前から動くものが全て無くなってからだ。
……つまり。
この船に居る怪物と人間を皆殺しにしないと、止まらねぇ」
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