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第3話 奴隷の少年(ルイ・スペンサー視点)

 ああ……ダメだ。  もう、私は……ダメだ。  初めて『彼』を見た途端。私は、意識が遠のくかと思うほどの衝撃を受けた。  まるで一瞬、自分が『誰』なのか判らなくなるほど、心を打ち抜かれてしまったのだ。  これが、世に言う一目ぼれというやつか?  そう思った途端。  ぐにゃり、と歪んだ景色が二つ、重なって見えた気がした。  沢山の動く絵が飾られた不思議世界と、木造船の廊下。  迷いなく『彼』の居る船の廊下を選んで、初めて自分が誰か、と思い出す。  そう。  私は、ルイ・スペンサーだ。  神から人を支配することを許された証『α性』を持った上、ディーン王国の王族の男として生まれた。  ゆくゆくは、現王王弟として近隣国の名も知らぬ姫と政略結婚をするはずだったし、その運命に何の疑問もなかった。  (まつり)事の手伝いから、軍部の管理まで、日々忙しく働く私の辞書には愛だの恋だのといった軟弱な感情は無い。  よって、吟遊詩人の歌う愛しいひとへの情熱も、独占欲や嫉妬に至るまで、所詮、現実味のない物語りの中だけのこと。  世の中には、恋と称して勤勉なα性を美しい顔と姿で誘惑し、堕落させた上。  愛だと叫んで一生自分の衣食住を保障させる『つがい』になれ、と強要する凶悪なΩ性もいるらしいが、この私が、引っかかるはずがない。  どうやら恋愛感情と言うのは、かなり甘いらしいが……いらんな。  敬愛する兄上であり、国王から任された黒狼騎士団員への博愛と友情があれば満足だったのに。 『彼』と出会ってしまったがために、私の全てが覆されてしまった。  パルティアの奴隷部屋の最奥にある大鏡の前で、象牙のように滑らかな肌を全てさらし、銀髪の男に凌辱されていた『彼』。  王国ではついぞ見た事のない、顔立ちと肌の色。  年は…きっと十六、七? 絶対十九には、いっていないはずだ。  そして、今までどこの国に行っても一度も見ることのなかった、黒い髪と瞳を持った少年。  大勢の奴隷の中で、一目で『彼』の姿を見つけたその途端、身体の全部が異常を訴える。  意識が飛び、ドクン、と私の心臓は大きく跳ね上がったかと思うと、そのままぎゅっと締め付けられるように痛みだした。  実際『彼』は、誰が見ても心を痛めるような犯され方をしていた。  奴隷の象徴の輪は首に掛かっていなかったが、両足をMの形に開かれた太股の近くに鎖の塊が落ちている。  彼の身分は、性奴隷に間違いない。  …と、比較的、冷静に観察できたのは、そこまでだった。  彼の花のように可憐なアナルは、限界まで広げられ、女の手首ほどのペニスが、ゆるりゆるりと出入りしているのを見た途端、私は、自分の立場もなにもかも全て忘れた。 『彼』は私のものだ! 私以外、肌に触れる者は許さない!  根拠も何も全くないくせに、その思いだけが急激に湧き上がる。  何かがおかしい、とは思うものの、どこが変なのか判らない、そんな感覚に、狂う。  『彼』は銀髪の男に抱かれることを明らかに嫌がっているように見えた。  華奢な身体を無理やり押さえつけられ、息も絶え絶えに喘いでいる。  黒目がちの大きな目から真珠のような涙を流し、助けも呼べずにいるのだ!  そんな彼を助けずに何がディーン王国黒狼騎士団だ!  彼は、絶対私が助ける。  その一心で、ほとんど反射的に奴隷部屋の扉を蹴破ろうとして、止められた。  ラオ・リハク。  三十前半で総白髪のコイツは気苦労の末の若白髪……ではなく『アルビノ』という体質らしい。  切れ長の紅い瞳は、細く鋭く、有能で黒狼騎士団副団長として公私ともに私を支える男だ。  ディーン王国よりずっと東の国の出身らしい。長いつき合いになるが、普段何を考えているのか判らない無表情な顔を『驚愕』の仮面で覆い、私の腕を掴んでる。  なぜだか、必死だ。 「いけません! 団長!   相手は、帝国大神官です、準備が整わず手順を踏まないと、国際問題になります!  しかもここは、パルティア帝国船籍のガレ―船内です!  海上でのトラブルは、海軍騎士団蒼竜の管轄なのに、なぜ、王弟直轄、貴方の黒狼騎士団が来たと思うんですか⁉」 「くそ! そんな事は判っている!」  思わず言葉を吐き捨てれば、ラオは、ますます目を丸くした。 「奴隷の中に、ご家族か恋人がいらっしゃったんですか?」 「いてたまるか! 私の家族は全員王家の人間だ。  こんなところに、繋がれているヤツが一人でもいてみろ! 帝国とは即、戦争だ。  そして、私の生きてきた二十九年間で、ただ一人として恋人がいたためしがないのは、お前が良く知っているはずだ!」 「それは、そう、なんですが……  敵を目の前にした団長の意気込み、と言うか、剣幕がただならなかったので、万が一、わたしの知らない場所で恋人のひとりや二人…」 「それもねぇ!」 「普段品行方正な、王弟殿下とは思えぬ言葉の使いようで……」 「うるせぇ! 私の母は、もともと庶民の出だ!  今は、偉そうな身分もらって、ご機嫌に生きてるけどな!  それより、いつだ!  この部屋に乗り込んで、パルティア帝国の大神官に不法に奴隷扱いされている者たちを解放するのは!」  こっちがもたもたしている間、ずっと『彼』は凌辱され続けることになるんだ。  もう待てないと、ラオ・リハクの胸倉を掴みかけた寸前だった。  この帝国ガレー船の船長を、縄でぐるぐる巻きに縛って来たヤツがいた。  ディーン王国海軍、蒼竜騎士団の団長ディザ・ブルーだ。

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