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踊る謀略と異世界監禁 2

 支倉は、有能なプロデューサーだ。  WOW企画の中でも、光琉の次席責任者として、良く働いている。  光琉自身の評価も高く、誰に聞いても過ぎるほど真面目なやつだと答えるだろう。  実際、支倉に任せておけば、大抵の問題は解決できる。  だからWOWの中で連絡がとれなかったとしても、必ず正当な理由があるはずだった。  支倉もまた、外部攻撃のバグで遭難しかかってる、と思うのが自然だ。  なのに、光琉は嫌な予感に首を傾げた。  エリカと一緒に作業を始めた、という支倉の境遇に、なんとなく『事故』や『遭難』とは違うシナリオ性を感じる。  それは、光琉のクリエイターとしての勘か、無意識にエリカを求める本能の叫びか。  違和感の正体は判らなかったが、光琉は一刻も早くエリカに会い、安否を確認したかった。  足早に制御室(オフィス)を出て、実際にWOWで作業するためのベッドがある部屋に入る。  ベッド数は、五十二床。それぞれトランプのカードに因んだマークと番号が振ってあった。  黒は男性、赤は女性職員専用のベッドだ。現在はそれぞれ十人ほどずつ埋まって、全部で二、三十名。丁度半分ほどが使用中ということになる。  VR版WOWで、一般配信するときは、ヘッドギアさえつければどんな服でもベッドでも関係なく遊ぶことが出来るように調整している。  しかし『開発途中』となると話は別だ。  まず、作業用寝台は普通のベッドのように平らなものではない。  プライバシ-保護とデータ収集の矛盾する二つの状態の両立のため、天辺に穴の開いたドーム状の壁で覆ったリクライニングチェアだ。  WOW内でいくら動いても、現実世界では、基本、寝たまま動く事はない。  けれども、2Dゲームで車両運転系のゲームの時、熱が入ると画面を見ながらハンドルを操作した通りに身体を傾けるのと同じような反射が見られる。  そんな無意識の動きを阻害しないように、全身マッサージ機のように両手足に置き場がある特別製だ。  また、仕事として何時間も連続して作業を行うことになる。  脱水症状防止と排泄問題を解決するため、ベッドの使用には、特別なスーツの着用が義務付けられていた。  主に革とゴムで作られた質感の全身タイツに似たそのスーツは、身体の線がもろに出る。  そんな裸に近い身体つきだけでエリカが今、どのベッドを使っているか判るだろうか、と一瞬考え、光琉は首を振った。  くだらない。  光琉は、エリカの裸を実際には見たことが無いのだ。  身体の線を見たのは精々、単車運転で着る革のツナギまで。  しかも、自分がWOWで作業するときに必ず使うベッド、スペードのエースの真横。スペードの2を使え、とエリカに指示したのは光琉本人だ。  息をついて頭を振ると、光琉も特殊スーツに着替えてロッカールームを出た。  そのままWOW世界の侵入準備に入ろうとすると、光琉の使う予定のベッドの横に大介がいた。  どうやら光琉について来たらしい。 「大介? お前には、制御室の指揮を頼んだはずだが?」  本来ここに居ないはずのチーフ・オペレターの姿に、光琉は怪訝な顔をしたが、大介は、気にせず肩を竦める。 「ああ、でも無事WOWに潜入するまでの手伝いと、バックアップをしてやろうとおもってな。なんせ、こんな状態だからな」  特殊スーツは、裸に近い。  顔だけでなく、身体まで完璧に整ってる光琉に隠す場所は無いが、普通は男でもとっさに手で覆って隠すぐらい恥ずかしい、と感じる者が多いぐらいだ。  また、コンドーム状の器具の先に管の付いた排泄器具の取り付けなどは見方によっては、かなり卑猥で、他人に任せられるものではない。  しかし、脱水症防止に設置されたパックの水が簡単に飲めるストローの調整など、器機群の装着が、他にもある。  それらに地味に手間がかかることもまた事実だった。  特に今。切羽つまったこの場面で、時間が惜しくないか? 手伝おう、と言われれば、光琉に断る理由は無かった。  実際、二人がかりだと通常の半分以下の時間で、WOWへの潜入準備を整えたのだ。  光琉が、ベッドに完全に横たわり、最終確認代わりにパックの水を一口飲んだのを見て、大介は声をかける。 「なぁ、光琉。VR版WOWにシナリオを一つ足す気は、無いか?」 「……なんだ? それは、今、必要な話か?」  思いがけない事を言われ、ヘッドギアを装着した手を専用のひじ掛けに置いた光琉が首を傾げる。  今は、何かを悠長に議論してる場合ではない。  なのに、大介は大きく頷いた。 「ああ、大切な話だ。ウチのスポンサーのひとつが、WOWにアダルト版の追加シナリオを依頼して来たんだが……」 「知ってる。だが、それは、大分前に断ったはずだ」  WOWは、全年齢がターゲットのロールプレイング・ゲームだ。  しかし、過激なファンが出るほど空前のヒットした背景には、子供が遊んで楽しいだけではない。  リアルで繊細なキャラクターと、判りやすい物語が大人の心を打ったことが大きかった。  その人気を固定し、高まるニーズに応えるべく、スポンサーが動く。  別料金で入れる十八禁サイドのシナリオを作ってはどうか、との話は光琉も聞いてはいたが、どうしても気が進まなかったのだ。 「WOWは、もともとアクション・ファンタジ―だ。  なのに恋愛要素をすっ飛ばし、いきなり快楽を追求するような話は、書かない」 「書かない、じゃなく書けないんだろう?」 「……」  不愉快そうなだけで、特に否定しない光琉に大介は、にやりと口元をゆがめた。

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