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嘘はつけない(第2話)
「お疲れ様でした……っわ」
ドン! そんな効果音が似合うほどレジには大量の本が二列も積まれていた。
「こ、今週も何か好きなものあった……?」
「はい。鹿川文字 先生の教師と生徒の恋愛物語が今度映画化されるとSNSで知りまして、買わねば! と思い全巻。ヤマガミ先生の後輩と先輩の純情小説シリーズが復刊されましたのでそれらを中心に十五冊です」
「毎度お買い上げありがとう……ございます」
「あ、全部カバー付きで」
「分かりました」
せっせとバーコードを通し、奥の引き出しから大きさの違う紙を持ってくる。ここではカバーの柄は一種類と決められており、黄色の表紙に鉛筆と本が中央にプリントされていた。
(うう、緊張する……)
未だカバー付けは緊張してしまう。真っ直ぐ折れているかとか破れていないかとか不安になってしまう。
五冊目に入ろうとすると、息を吸い込む音が聞こえた。
「……変、ですか?」
「うん? 何が?」
手を止めないよう、耳を傾ける。
「根暗JKが大量のBL本と百合小説買うの」
声のトーンと顔がさっきよりも下がる。二つのつむじがよく見えた。
カバー掛けに夢中になってそこまで気にしていなかったが、改めて表紙に目を向けると筋肉のついた男性が手ブラを恥ずかしがっていて、隣には女の子同士が手を合わせている表紙があった。
「変じゃないと思うよ」
僕と坂下さんを隔てる山積みの本を上から二冊取る。まだ彼女は俯いたままだ。
「好きなものをちゃんと楽しめるのって、凄く素敵だと思う。それに買い物している時の坂下さん、キラキラしてるよ」
本当のことだった。真剣に吟味する時もあれば、スマホを見つめながら顔に花を咲かせ、潔く本を選び終わる時もある。横顔をチラリと覗いてみれば瞳がキラキラと輝いており、微笑ましい。
それこそカバーを付け終わるのを待つ間も普段より目尻が下がり、話しかけやすくなる。
(本当に好きなんだろうな。両方好きな子も周りにいると思うんだけど……)
坂下さんが僕にはじめて声を掛けてきたのも、たまたま読んでいたBL本のタイトルが気になる、からだった。
「……あっ、リガト、ござい……マス」
坂下さんが顎に下げたマスクを付け、おさげが上下に激しく揺れた。
「お待たせしました。これ、重いから気をつけてね。外まで持っていこうか?」
「いいです。自分で持てます」
「そう? こちら商品です」
「あの、」
いくら毎週慣れた量でもさすがに重いのだろう。レジから出ようと背を向ければ「そうじゃなくて」と止められた。
「うん?」
「バレンタイン。ショコラで大丈夫ですよね」
今度は紫色のマフラーで口元を包んでいた。
「今年もいいの!?」
驚いていると「店長にもデスケド」
どうして片言なのかはわからない。
「わあ。去年のチョコ、凄く美味しかったから嬉しいよ。うん、僕は大歓迎だよ」
バイト仲間のアラサー男に気を遣う女子高生。文字にするとドン引きするが、その優しさが泣きそうなほど僕は嬉しい。
「わっかり、ました……。味に期待はしないでくだ……さい」
義理チョコのはずなのに僕の分まで用意してくれるなんてありがたい。タダではないし、作るのだって大変なはずだ。
(坂下さんの彼氏さんは幸せだろうな)
本の片付けをしてる際、彼氏さんがいると聞いたことがあった。僕なんかにも接してくれる彼女には絶対、幸せになってもらいたい。
「それから」
「ん? 買い忘れあった?」
風がドアを強く叩いた。店長に相談して奥の部屋で待機してもらう方がいいのかな、と思ったその時。
「う、うちは、BLとか百合とか好きなのは物語の中だけで、ホントはNL……少女漫画みたいな恋が好きですから!!」
突然大声で伝えられた意味を理解する前に「それでは失礼しました!」と逃げるように帰ってしまった。
「……お、お疲れ、さま? でした……?」
「んーー、青春だねえ〜」
「あ、店長、お疲れ様です」
ん、と伸びをしてる店長に挨拶をする。二階の倉庫から降りてきたのだろう。
「はい、お疲れ〜」
ポケットから袋に入ったチョコレートが出てきて、手に乗せられた。ミルク味と書いてある。
「糖分補給してもいいよ?」
「ありがとうございます!」
口の中に入れると甘い世界が広がり、疲れた体に染み渡る。
「去年はどんなお返しした?」
「ホワイトデーですね。キャラクターの缶に入ったクッキーにしました。好きなブタさんのキャラクターがいるみたいで。今も愛用してくれてこっちか有難い気持ちになりますね」
「クッキー……ね」
店長の指が唇から離れていく。タバコを辞めても癖は残っているのかもしれない。 店長の目は細まりどこか遠く見つめていた。
「……今年はちゃんと考えなくちゃね」
「そうですよね。今度は普段使い出来るものにします。店長はどんなーー」
「それで、樫クン。……今朝はどうしたのかな?」
アーモンドの瞳が僕を捉える。煙の苦い香りがした。
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