7 / 26
晴れて再会?(第6話)
商店街と隣接する学校タウンから南に向かって歩く。地下二階へと続く階段を降りて行くとメモした場所はあった。静かにこっそりと外部から潜めるように。お店の入り口まできた僕はそう感じた。
木製のドアには窓がない。店内の様子は確認できなかった。
「これ、押すのかな?」
ドアノブにかけられた準備中の札に戸惑いつつ、チャイムを押せばジーと鳴ったが、数秒経っても来ない。
「……いないのかな?」
(外の看板にはこっちと矢印があったし……)
似たような看板がいくつもあったが、店の名前は間違えてないはずだ。……はずだが、もう一度メモを確認した方がいいとショルダーバッグのファスナーを開けた。
「あら。まだお店はやってませんよ……?」
振り返ると青髪ショートヘアの女性が立っていた。背丈は同じくらいだろうか、白い大きいフリルが付いたブラウスに黒ベルト、デニムのパンツに赤のヒールを履いていた。大きな星型のイヤリングが傾いた方に落ちる。
「うちの子達は夜行性だって、ご存知でしょう?」
(や、夜行性……?)
穏やかな笑みを浮かべているが、声に刺があり、よく見ると目蓋に傷があった。逆光で金色の瞳が野生のようにも見える。
(怖い……)
本能でそう感じ、足がすくんでしまった。きっと僕のことを害のあるお客だと思っているのだろう。
「ち……が……」
声が震えて翻る。心臓が警鐘を鳴らし、指と指の間に汗が流れる。
相手は黙り、腕を組んでこちらの様子を観察していた。
『緊張する時は相手を野菜とか動物とか好きなものに例えるといいよ』
働き始めた時、店長から何度も言われたアドバイスを思い出す。
目を閉じて想像する。この人は……青猫だと。
(それから、眉間のところを見て話す……)
これは相手と顔を合わすのが苦手な時に有効だと店長は坂下さんに伝えていた。
もう一度、目を開けると、微かに耳が生えた猫に見えてきた。息を深く吐く。
「こ、こちらで働いているサキさんが僕の落とし物を拾い、預かってくれているようで……。昨日、連絡をいただいたので取りに来たのですが、ご不在ならまた改めて……」
「まあまあ、そうだったの。それなら大丈夫ですよ!」
両手を合わせ、女性の表情が和らいだ。どうやら誤解は解けたようだ。
「疑ってしまってごめんなさい。さっちゃんならまだ寝ていると思うから起こしてくるわね」
(さっちゃんって呼ばれるんだな……)
とても可愛らしいあだ名だと顔が緩んでしまう。
鍵を開けて貰い、中に入ると大きなシャンデリアが目に入る。周りは暗めのパープルで統一してあり、カウンターの後ろにはお酒が並んでいる。中央には何故か丸い台の上に天井まで貫く銀色の棒があった。目線が上まで行くと、螺旋階段を上ったショートヘアの女性が「ソファにでもくつろいでいてね」と言ってくれ、右奥の部屋に入っていった。
「うわあ……」
(凄いなあ……)
思わずその場でくるくると回る。
「お城みたいだ……」
書店にも委託してあるヴァンパイアの漫画を思い出した。貴族のヴァンパイアとどこにでもいる平凡な女子高生のラブロマンスが繰り広げられるが少女漫画。その舞台となる城内に似ている。
黒革のソファに座っても僕はキラキラのシャンデリアを眺めていた。
「お待たせしちゃってごめんなさいね。もう少しかかるみたいで……」
「いえ、お構いなく」
「ぼうっとお待たせしてるのも申し訳ないから、麦茶でも出しましょうか!」
「お、お構いなく……!」
二回目も彼女の耳には入らなかったようで、パタパタと降りてきた足取りでカウンターへ。
お言葉に甘え、カウンター席の丸椅子に座った途端に麦茶が出ていた。青いグラスに大きな氷が三つ。ストローは断り、一口飲むと頭がキーンとした。
「あらやだ、ごめんなさい。常連の方の好みに慣れちゃって」
向かい側で同じく麦茶を飲んでいた女性は拳を頭にポンと当てて舌を出している。
「そうだったんですね。……もしかして店長さん、ですか?」
開店時間より前に出勤していて、鍵を持っているということはアルバイトやパートさんとは考え難い。そもそも、こういったバーみたいなお店にそんな役職名が当てはまるのかどうかは分からないけれど。
「ええ、そうなるわ。あ、自己紹介がまだだったわね。キャティーズの 宮崎 晴 と言います。以後、お見知りおきを。……と言っても、気軽にハルさんと呼んで貰ったらいいから」
店長ことハルさんから名刺をいただき、自分のもケースから取り出して渡した。
猫がキャンディーを咥えた紫色の絵柄がラメになっていて、キラキラしている。名刺というよりカードみたいだ。
「『D専門Bar』……?」
それは店名の前に記載されている用語だった。
咳き込む音が聞こえ、顔を上げると店長さんがレモンティーを片手に目を見開いている。
「……もしかして、ご存知ない?」
「す、すみません……」
頭を下げ、詫びる。
(おかしなことを言っちゃったのかな……)
Barというのはすぐに分かったが、D専門という意味が分からない。専門用語なら尚更のこと分からないが、僕が知る限りDといえば。
「ここ、普段は夜の九時から営業しているんだけど……さっちゃんからは聞いていない?」
首を横に振るうと店長さんは頭を抱えていた。何かブツブツ言っているが、意外にもカウンターに距離があって聞こえない。しばらく経つと店長さんはカウンターから出て来て、ぐっと肩を掴んできた。
「なら、帰った方がいい。今すぐにでも帰った方がいいわ」
「えっ、あっ? あの、落し物を……」
「いいから……」
流されるように席を立たされ、背中をグイグイと押されてしまって出口まで来ていた。
「後で落し物は送ってあげるから」
「いや、そんなの悪いですよ! 僕が……」
「だってここはね、樫さん。あなたみたいな……」
「ちょ、ちょっと! ハル姉、待って!」
(ハル姉……?)
上から聞こえてきた声で店長さんの行動が止まる。そっちに視線を持っていくと、
「あ、日和さーん! 来てくれたんだ。早かったね〜」
微笑みを浮かべたサキさんは、靴の音を鳴らしながら軽やかに降りてくる。
白いショートパンツから見える細い太腿や、鎖骨の部分からしかない桃色のセーター。緩く結んだポニーテールからのぞくスラリと長い首。
ドッ、ドッ、ドッ。この心臓の音は恐怖心? でも目を離せない。
「ごめんね〜、渡す時間を夜って伝え忘れていたの」
「え。それじゃあ……十一時って……」
「うーん。そう、夜の事だったんだよね」
「す、すみませんでした!」
即座に頭を下げた。彼女は悪くない。僕が午前と午後を間違えただけだ。
隣にいる店長さんは困った顔で僕らを見守っている。僕に退店を願うくらいだ。同業者にしかわからないものや、夜の営業に差し支える可能性を見出したのかもしれない。
「なら、また改めて午後に……」
「全然いいよ〜。じゃあさ、私の部屋に行こう?」
左手を握られ、一歩足が前に進む。その手は一昨日と変わらない、大きくて柔らかい手だった。
(うわわ、女性が僕の手を握っている……!)
「じゃあね、ハル姉、邪魔しないでよ?」
「……はいはい。無理はダメよ?」
「わーかってるって。ささっ。私の部屋にレッツゴー!」
半ば強制的に僕はサキさんの部屋へと連れて行かれた。
ともだちにシェアしよう!