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狼(第7話)
部屋に足を踏み入れた途端に「そこのベッドでくつろいでいてね」と一人残され、ベッドに腰をかける。フワッと浮き上がった。
(し、心臓がうるさい……)
不快ではない鼓動は初めてのことで、頭を悩ます。
(緊張だよね……)
そう。人見知りで初めての場所だから緊張しているに違いない。落ち着かせるために辺りを見回した。
扉から見て左に、カーテンが付いたピンク色の大きなベッド。大人二人で寝ても余るくらいで枕元には系統の違う濃いピンク色のハート枕が二つ重ねてある。
壁紙は店内とは違ってクリーム色で統一……かと思いきやところどころにピンク色の花柄が。
(あれは木馬で、床のは……突起物?)
何故か一人用の木馬と、床には黒くてつぶつぶのオブジェが聳え立つ。オブジェは男性器に見えなくもない。
緊張が一気に高まり、落ち着かせるために深呼吸をした。
(芸術作品なんだよきっと……)
Barの一室ということもあってか、六畳のリビングより広い。個性的な趣味だが、ザ・女の子の部屋という印象だった。
(部屋からバラの香りがする)
友人から見ればゴミ屋敷と呼ばれる自分の汚部屋とは全く違う。綺麗で花のような人は部屋から違うのか、部屋と人物像はイコールになるのかと納得してしまった。
(……でも、本当に来て良かったのかな)
昨夜、衝動的に電話をした。いくら情緒不安定になっていたとはいえ、サキさんでなければ警察沙汰になったかもしれない、と一晩経って罪悪感と恐怖に襲われた。
けれど、浮かれる自分がいたのも事実。いつもより早めにタイマーをかけ、タンスから溢れたヨレヨレな服を見ては落胆した。普段行かないファッションブランドへ赴き、なんとか自分に合うサイズの一式を値段を見ずに購入し、ここまでやって来た時点で相当浮かれている。
店員さんには「恋人さんとデートですか? お似合いですよ」なんて微笑まれた。
恋人。SubはDomやSwitchでしか欲求は満たされない。その欲求は三大欲求の一つでもあれば、信頼などがありSubによって強さも種類も異なる。
多くの人口を占め、どちらにもとらわれないNormal や同じ属性の恋人ではずっと枯渇したままだ。現に僕の精神状態はぐらぐらで、症状が出始めている。もともと泣き虫だけどそれも理由だろう。
(サキさんがDomだったらなあ……)
つい、願望が脳内に浮かぶ。優しくされたいのが僕の強い欲求なんだろう。
「もし違ったら……?」
根拠もないものが音声化され、暗い海に沈んでいく心地がした。
「日和さん、どうかした?」
呼ばれてることに気付くと、サキさんは隣から僕を覗き込んでいる。ニキビやシミひとつもない、むきたての卵肌。風でふわりと上がったような睫毛がアーモンド形の瞳を強調させていた。
どくん。
「緊張してる? コート、暑いでしょ。ほら、脱いで脱いで」
「あ、すみません……」
「これでも飲んで」渡されたコップの中には無色透明な液体。麦茶はいただいたが、気遣いなんだから飲んだ方がいいのだろう。
(ちょっと、手が震える……)
小さい波を打ったり止んだり。気になる人の視線が僕に降り注ぐ。
「それじゃあ、いただきます」
こくこくと飲んだ水は喉を潤す。冷た過ぎずぬる過ぎない。
「水はね、緊張を解す時の魔法の飲料とも言われてるんだよ」
たしかにスッとする。ピンと張っていた筈の背筋は少し緩んだし、指先がなんだかポカポカしてきた。
(今度、お店に出る前に飲んでみよう)
体もなんだか軽い。じんわりとお腹から熱が出ている気がし、脇や背中が心配になった。冬だからといい、ここに来るまで寄り道したせいかじんわりと汗をかいていた。
(臭いって思われちゃう………)
バレないようにお尻を動かして離れようとした。
「それそろ、魔法のお薬も効いてきたかな? 今から楽園に連れて行ってあげるからね」
「楽園……?」
視界がくるりと回り、カーテンの天井に星空が見えた。電気の届かないそこは淡く光っている。
「ここ、私のお気に入りのベッドなんだよね。少しアレンジもしてあるのよ?」
浮き沈みする胸に骨格の良い手が置かれる。背中にふわふわした生地が触れ、自分は押し倒されたのだとようやく自覚した。
薄い唇は左右に上がり、二目で濃く光るピンク色の瞳。ぼんやりとした記憶しかなかったサキさんがとても綺麗で艶やかに見える。熱い体がさらに沸騰した。
「ふぁっ……」
見惚れていたら口内に細長い指が入ってきた。頰肉を親指で押したかと思えば、奥歯から鍵盤みたいにタップされる。
(口の中、ピリピリする……)
歯医者で麻酔を打った時になるそんな感覚だった。サキさんは僕の分厚い舌をぬるぬると人差し指で遊ぶ。裏筋を叩いたかと思えば、二本指で持ち上げられた。ねじったり裏面をなぞったりされ、唾が溜まってくる。
「……舌、柔らかくてあっついね」
ふふ、と笑われて舌まで脈打つのを感じた。
「あ……ぅ、ひゅ…ぁっ」
唾液溢れる口内から白い指が帰っていく。銀色の液体を紅色の舌に舐められる。音を立て、何度も舐める。指と指の間まで。こちらに流した目を使って。
(ぞくぞく、する……っ)
絶え間ない刺激が腰から頭のてっぺんまで上ってくる。
嫌悪感ではない。むしろ気持ち良いもの。
解放された口で、はひはひと呼吸をしつつ、こくんと唾を飲み込む。喉の奥までピリピリし、麻酔にかかった僕を見てサキさんは笑顔になる。
息が触れるほど顔を近付ける彼女にドギマギした。
「私ね、Domなの。日和さん、Subでしょう?」
「な、なんへ……わかっひぇ……」
呂律が回らず、まだ舌が飛び出てしまう。
この女性がDom。Subを支配し、存在を認めてくれる人達。
(サキさんが……っ、本当にサキさんがDom?)
期待していた分、鼓膜が震えた。
自分はサキさんが持つDomのオーラに酔っているのだろうか。それでふわぁとするのだろうか。
どちらにせよ、Domに支配されるのははじめてのことで分かんない。
「すぐに分かっちゃうよ。日和さん、セーフワード決めよっか」
「せえ、ふ……わぁ…ど?」
頭がふわふわする。まともな思考じゃない。
「知らない? セックスしてる最中に、怖いプレイや嫌なことがあったら言ってもいいワード。Subが唯一Domに命令出来るワードだね。そうだな……これから気持ち良いお仕置きをしてあげるから、『好き』をセーフワードにしようか?」
「しゅき……?」
「ううん。さしすせその、『好き』。でも、これはお仕置きだからなるべく我慢してね?」
(お仕置きって、なに……。勝手に電話しちゃったことかな……?)
ぼーっとする頭で考える。出会った時の優しさを忘れられず、一人の寂しさを拭えなかった自分。
(通話の後でシコってしちゃったから……かな?)
電話を切った後、今日に備えて眠ろうとすれば、僕の男性器は直立し硬くなっていた。
『サキさん……っ!!』
電話も繋がってないスマホを肩で固定し、耳に当てながらいたした。まさか通話が切れていなかったとか?
(でも……)
「痛い……のは、嫌、です……」
高校生の頃にはもういじめられることも何もなかった。みんな話しかけてくれたし、文房具だって無くなることはなかった。
「大丈夫。痛いことは絶対しないよ」
頭に手が触れ、ゆっくりと撫でられる。あまりにも優しくて、気持ち良くて信頼感があった。
「ごめんなさ……い……」
「うん……? まだ何にもしてないよ。ただそうだね。私をお持ち帰りしたのに忘れちゃっていたのは悪い子だから、エッチな場に踏み入れた今日のことと、私のことを絶対に忘れないようにシてあげるね」
頬に触れる距離にあった上唇が耳朶に触れ、熱を含んだサキさんの声が直に聞こえる。
「お耳、まーっかだね。ふふ、可愛い」
ふぅ。か細い息く冷たい息が入ってきて、腰がビクンと跳ねる。
「あッ……♡♡!!」
出したことも、聞いたこともない高い声は自分の口から飛び出していた。まさに不意打ち。
すかさず両手で口を塞ごうとするが、そうはさせまいとでも言うように両手首を取られ、頭上に纏められてしまった。
「もう感じちゃったの……?」
「……っ、ぁ……」
「ふぅ〜〜……」
「あッ、ぁ……っ♡♡」
「はぁ、ふ…ぅ……」
吐息が、声が。綺麗な女性の息が右耳から絶えず入ってくる。息を吹きかけられてるだけなのに脳が蕩けてしまいそうで、腰の跳ねるのが止まらない。
「ひっ、あ……♡♡!?」
柔らかく熱い肉が耳の中に侵入し、ぬるりとした感触。
れろ、っぷ。はぁぷ。ぺろ、ころ、はぁっぷ。
「はぁ……っ! ふっ、ふぅ……ぐぅ……!!」
耳の中の粘着質な音は何度も何度も聞こえてくる。
(耳の中、ぐちゃぐちゃにされてる!)
まるで犯されているみたいに。
(お仕置って、まさか)
「まずはお耳にセックスしてあげるね」
ようやく自分は犯されてるのだと自覚した。
(なんで、僕なんかを犯すの?)
お仕置きと聞いたからお尻叩いたり、掃除とかの雑用をするのかと思っていた。予想を裏切り、僕なんかの耳をサキさんは丹精込めて舐めている。
快楽から逃れるように首を動かしても、サキさんは構わず密着してきて、離れることも出来なかった。
「お耳、片方だけじゃ寂しいよね」
頭上にあったはずの彼女の手が僕の耳元に降りてくる。
「さび、しい……?」
「うん。だ、か、ら〜。こっちには指を入れてあげるね」
ぐぽっ。耳穴にひんやりとした指が入れられ、こそばゆい。
「ひょっとして、耳が弱いのかな?」
「そんなことな……」
「大丈夫。性感帯にしてあげる」
「せいかんた……っ、っぅ、うう…ぁ……!!」
ぐぽぐぽ。効果音にしたらきっとそんな音だ。舌がさらに奥へと侵入してくる。それだけじゃない。指と舌が同時に鼓膜の前をぐりぐりして、トントンしてくる。体を左右に捻っても両手は片手から逃れられない。
「ぐぢゅぅ……ちゅう……んっ」
両耳とも塞がれたせいか、脳内まで犯されているようだ。激しく掻き回されたと思えば、鼓膜を押されるようにゆっくり回される。
ぐちゃぐちゃに耳が溶けてしまうのではないか、非現実的なことが頭を過ぎる。
「じゅうう〜」
「はっぁ……っ! あっ……!!」
(脳味噌まで、吸われちゃう)
勢いよく吸われてしまえば、そんな錯覚を起こしてしまう。
「れっ、ろっ……れどれろ、っん……じゅうう!」
目の前で火花が飛び散り、ベッドが何度も軋む。
(だめっ、もう……っ)
「もっ、イ、ああ〜〜っ♡♡!!」
体が天井に向かって反り返った。足先でシーツを強く掴んだのが自分でも分かる。
ドビュン。
「……っん、美味しかったよ」
「はぁ……っ、はっ……」
指と口が耳から離れると、どっとした疲れが全身に広がっていく。口から何度も熱い息と涎が出てくるばかり。耳にはまだサキさんの舌や指が突っ込まれている感覚が残り、爪先がシーツを食む。
「わあ。耳だけでイっちゃったんだ」
楽しそうな声色に首を持ち上げる。ピンク色の瞳がさらに色濃く映った。身体に緊張が走る。
(手首も動かない……なんでなのっ?)
もう押さえつけられてもないのに自由が効かない。上がろと神経を送っても指の関節すら折り曲げられなかった。
艶感のあるピンク色の唇からは銀色の糸が垂れ、舌が唇をなぞり、サキさんの喉仏がいやらしく上下に動いた。
「また、ここ、汚しちゃったね」
サキさんは僕の上に跨って腰を下ろす。
「あ…ッ! だめで、すっ……。そこは!」
下ろされた場所は運悪くも一度熱を吐き出した場所。
「もーっと汚しちゃおっか」
「あ。あっ、あ……っ♡♡! やめ、て……くだ、さ……♡♡!!」
混ぜるように回したり、少し浮かせて先っぽだけを弄ったり。引き締まった小尻を使ってぐりぐり、ぐりぐり。
(挿入っちゃったらどうしよ)
擬似セックスされてる気分になり、陰茎が痛い。
「ちん、こ……勃っちゃ、やめて、くださ……っ」
こんな風に男性器を弄ったことなんてなく、またも知らない初体験にさらに腰が浮いてしまう。初の快感。雄としての本能に抗えない。
(こんなの、こんなの知らない……っ!!)
ごりっ。移動した白パンツの下から硬いナニカが誇張している。大きな手がそれと僕のを一緒に包み込み、すりすり撫でられてまたカウパーが溢れてくる。
「私も勃ってきたよ」
ごりごりと主張してきたモノは自分なんかよりも大きいモノだと本能的に分かってしまう。
(サキさんは、女性じゃなくて男性なの……?)
強調する程ではないが、膨らんだ胸もある。いい匂いだし、目も綺麗だし可愛さと綺麗さを兼ね備えた美貌の持ち主が男?
「ふふ。もしかして私のこと、女の子だと思った?」
「ご、ごめんなさ」
人を見かけで判断するのは失礼だ。いじめに遭った側なら身をもって体験しているだろうに。
「ちょっと違うかな。私は赤ずきんの格好をした狼さん。ノンケな日和さんをパクパク食べちゃいたいと思います」
甘い声で自らの正体をバラした狼さんは宣言通り、包む手で握ったり開いたりする。本当に食べられているようだった。
「サキさん、サキさんっ……!」
「日和さんっ」
同じ部位と部位を上下に扱かれたらもうどうしようもなく気持ち良くて悪魔的な快楽に堕ちる。
これ以上されたらそこがどうなってしまうのか予想がつく。
「そうれ、頑張って」
サキさんのペニスが覆い被さるように僕のに迫る。周りを手で囲まれて決して逃げることが許されない。
「あっ、あぁ!!」
パチパチと目の前が弾け飛び、アソコからは二度目の熱が放たれる。
「はぁ……ッ、はぁはぁ……っ、ん、はぁ……」
「ふう〜。お姉さん、日和さんが可愛くて夢中になっちゃった。初々しい反応にキュンキュンしちゃった」
「はひ、はひめ……へで、ごめんなさ……い」
荒い呼吸が続く三十代のデブ男には謝罪することしか許されない。
背中に汗が溜まり、ガニ股で放心状態だった。
ふと、柔らかな唇が同じ部位に触れてくる。
「私、童貞のピュアな子がだーいすきなんだよ」
季節外れの満開に咲く桜はとても綺麗で、至近距離で堪能出来ることに感動してしまう。
今度はきちんとサキさんの唇の感触を感じ、鼻息まで荒くなる。
「日和さんとの初キスになるね」
「僕の、ファースト……キス♡」
サキさんの言葉を繰り返すと、瞳の光がくるりと一周する。
金色の髪がサラリと揺れて左耳にかきあげてる。汗をかいてる様子もなく、艶っぽい仕草に呼吸が速まった。
(生まれて初めて、Domとエッチなことしてキスまでした……)
しかもたくさん、可愛がってくれた。サキさんの言葉遣いは温かみがあり、胸を擽る。似合うわけないのに。
初の行為は乾き切ったSubの欲求をこれでもかと潤す。砂漠全体がオアシスになったかのように。あまりの満たされたせいだろうか。体が痙攣し始めた。
(どうしよ、怖い。こんな無様な姿を見せられたらサキさんに今度こそ嫌われちゃうかな)
そして、意識はぷつりと途切れたのだった。
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