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送信(第14話)

「よーし、終わったあ〜」  腕を上げ、くん、と伸びをする。  商品を売る為にはその商品を「良いものだと」分かって貰う必要がある。文房具の場合、試しに書けるサンプルを置いたりするがそれはそれだ。 「前よりは絵が上手くなった気がするな〜!」  レジ近くにある絵本コーナー用のPOPにクマを描いていた。左右目の大きさは違うかと思うが、練習して描いたおかげかクマっぽく見える。これで小さな子達に泣かれなく済む。 「あと、一時間か」  クマだらけのページを閉じようと時間を見ると約束の時間まで残り一時間を切っていた。 「……復習しておいた方がいいかな」  新規のページを開き、単語を打っていく。漢字かどうか分からないので平仮名で検索すると、カタカナで出てきた。きっとこう読むんだろう。  僕は基本的に物覚えが悪い。例えば仕事。中村書店の正社員へ昇格した僕だが、元は高校時からのアルバイトだった。特にバイト初日はあれだけ「人偏はいらない中村だからね」と注意された癖に「中村」を「仲村」と間違えてサインする暗黒歴史を残した。正社員になった後は部数を間違えて発注し、零一つ多めの在庫を抱えた。ブックカバーかけが未だ苦手なのも……まあ、全部とは言うまいが、大体はそれから来ている。  サキさんと事をスムーズに進めるためにも、余った時間で先日教えて貰ったアナルの勉強をしよう。 「有料の動画もあるのか……ん? 通販ページ?」  動画サイトの一番下にある広告。声に出したら変に脳と手が反応し、あっという間に通販ページに飛ばされた。全体的にピンク色のデザインで「あなたは18歳以上ですか?」と表示される。迷うことなく「はい」をクリックすると黒いボツボツとした突起の道具が出てきた。 「あ、これ。サキさんの部屋で見たオブジェとそっくりだ」  どうやら前立腺を開発するために作られた大人の玩具のようだ。  サキさんの部屋では一つや二つではなく、三角馬を囲むように置かれ、印象的だった。忘れるはずがない。 「状況も状況だったから前立腺とか全く意識しなかったな」  そういえば彼はアナルを弄ると気持ち良いことを事前に知っていた。経験者でなければ分からないだろうに。  雪のような滑らかな肌にピンク色のリボンの下着が映え、床に設置したアレに向かって腰を下ろし……。 (何を考えてるんだろ、僕は……!!)  すぐさま妄想を手でかき消す。彼はDomだ。 「でも……」 『私は赤ずきんの格好をした狼さん。ノンケな日和さんをパクパク食べちゃいたいと思います』  サキさんはどんな風に喘ぐんだろう。いつも僕ばかり食べられては大声で喘いでたから、彼の嬌声はおろか快楽に溺れ堕ちた声を聞いたことがない。 ──男性同士で性行為するとしたら、どのようにするんだろうか。代わりにアナルを使うんだろうか? 「サキさんはどっちをしたいのかな……」  もし、サキさん(Dom)がされる側を望むのなら僕は応えられるだろうか。昔の僕はノンケだったわけで。 「今夜の通話で雰囲気を出しつつ問い出したら不自然かな。……ん、アナニー初心者セット?」  スクロールしていけば、黒袋のアブノーマルセット、ピンク袋の初心者セットというものがあった。 「とりあえず買ってみよう」  サキさんとする時に役立つかもしれない。 半分建前で、本音は「頑張ったね、復習して良い子だね」の言葉を心待ちしている。  会員登録も済ませ、購入ボタンを押した直後、机から通知音が鳴った。 「あ、サキさんだ!」  うさぎのアイコンが画面にスマホに表示され、新着メッセージがあります、とあった。急いで中身を確認すると土下座するうさぎスタンプが先に目に入った。 『ごめんなさい。今回は忙しいのでまた今度にしましょう』 「そ……っかぁ。サキさんも仕事忙しいですよね」  とりあえず、「大丈夫です。お仕事頑張ってください」と送ってはみたが既読はつかなかった。 「仕事が多忙なだけ。今度出来るんだから!」  心の中に発生した薄暗い重いモヤを弾き飛ばすくらい出した明るい声は、夜十一時半の部屋に響いていた。

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