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自覚(第17話)
ピンク色の袋を開けると、中から様々な種類のアダルトグッズが出てきた。商品の説明書や使用方法が書かれた冊子が分厚い。
事前にトイレで準備を済ませたので、手に広げたローションをアナルに塗りたくる。冷たい。
丁寧を意識して柔らかいそこに指を侵入させるも、
「うっ……!!」
気持ち悪さと圧迫感が腹から伝わってきて、すぐに引き抜いた。
「はぁ……」
重いため息がまた出る。もう何十回目だろう。
トロトロがついた指を敷いたバスタオルで拭き取り、アプリを開ける。
(今日もまた既読はないか……)
自分のばかり連なっており、最後に送ったものは三日前。『今度いつしますか?』だ。
(サキさんだって仕事忙しいはずだし、それに夜のお仕事だし、あんな綺麗で優しい人だから人付き合いもあるだろうし……)
でも一ヶ月も連絡がないのはヤキモチするというか。
四月に突入し、中村書店は繁忙期を迎えている。入学シーズンは過ぎても辞典や学習書籍等、入学以降で必要となったものを揃える子供達が入れ替わり来店し、仕事中は気が休まらない。
「へっくし……!! ……うー…あ……」
張り切って全裸になったのが悪いのだろう。まだ新品の状態の道具をダンボールに仕舞い、床に脱ぎ捨てた下着を履こうと膝を動かす。片足を持ち上げただけでバランスを崩し、リモコンに手が当たった。
『某俳優さんのことについてどう思われますか?』
女優さんの周りに記者が囲んでいる。大半は女性で、目元を赤らめる女優の言葉を固唾を飲んで待つ。右上には中継の文字があった。
「いたた……あれ? この間の披露宴番組でウエディングドレスを着ていた女優さんじゃ……」
名誉ある賞を子役の頃から受賞する有名な人。年収は何十億超えると予想され、大物俳優と結婚してからは女優業の傍ら、幸せなオシドリ夫婦の様子がメディアで紹介されていた。
ゴールドのColorがあった場所には跡が残っているが、本体自体はない。周りも静かに見守る中、彼女は口元を押さえていたハンカチを離した。
『最低だと思います……ですが、彼の浮気を見抜けなかった私も悪かったと思います』
フラッシュの嵐が起こる。悲痛な泣き声や質問を再開する記者の声も混じり、こちらに何の情報も届かない。
(浮気……)
「でも、それだと決まった訳じゃないし……」
『付き合ってもないけど彼女ってなんですか、それってパートナーって言えるんですか?』
「……っ」
初心な子等、彼女は可愛いに値する人やものが好きだと常々口にし、僕を「可愛い」と評価する。むず痒くなりながらも喜んでいた事実は関係ない。
「可愛い」が必ずしも「サキさんは樫 日和が好き」に結びつかないのでは。
「僕は、サキさんと………」
通話をする中で距離が縮まり、オナニーの手伝いもして貰って……。
『Subはただの性処理機なんかじゃないっ!!』
「せい……しょり……き」
新種の機械名だとかいくら馬鹿な僕でも、性処理機の意味くらい知識にある。
「サキさんはそんな下劣なことをする人じゃ……」
──そうだ。彼女は優しくて気遣いが出来る人。
『血液型は? 誕生日は? 歳はいくつですか、好きな食べ物はなんですか、どこ出身なんですか』
歳は美貌に隠されて検討もつかないが、同世代だとは思えない。体のみ大きくなった未熟物だけど直感には自信があった。
──僕はサキさんの何を知っている?
どっくん、どくん、どくん。
震える親指はだんだんと名前横にあるマークへ触れる。アプリの呼び出し音が鳴り始め、一回、二回と続く。
今日は普段ならサキさんと連絡を取り合う前日にあたる。
切れるのをじっと待つ。期待感と不安さが同時に膨れ上がり、呼吸が乱れる。口内に唾液が溜まり、零さないよう飲み込む。同時に音が切れた。
「あの、サキさん。僕です、日和です!!」
勢い余って、声が裏返る。きちんと名乗れたのだから上々だろう。
しかし、電話先からは何の音もしない。恐る恐る汗ばむ耳からスマホを離すと『キャンセル』の文字があった。
「……な、んで……」
やはり仕事が忙しいのかも、というポジティブ思考は既読がつかないメッセージ類に否定される。もう一ヶ月以上もシていない。
「シていない?」
DomはSubを支配する側だ。だからといいSubのみ快感を味わうわけにはいかない。
サキさんと通話する際、僕ばかり気持ち良くなり達していた。日常話を長い時間駄弁り、躾の時間を心待ちにしていたのは僕の方だ。彼はいつも「それじゃあ、そろそろしよっか」と誘っているようで、実はボクの秘めたる性欲を読み取る。
挙げ句の果てに寝落ちすることも多々あった。その間、サキさんは繋げたままにし、夜中の四時を目処に切れる。丁寧に感想を添えたメッセージも送られてくる。
『だってここはね、樫さん。あなたみたいな……』
今年の初め、店を訪れた僕を追い返すハルさんは血相変え、去り際に懇願した。
あなたみたいな……つまりは僕のような甘やかして欲しい、褒めて貰いたいSubが訪れる。どんな仕事をするか明白じゃないが、サキさんの優しさはサービスの延長線だった?
思い当たる節が浮かんでは消え、浮かんでは消える。決定的なものがどれなのかといえば分からない。
「……会いたい」
湿った声は足を震え立たす。渇望する心に従い、スマホが手の中からするりと落ちた。
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