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気持ち良くない(第16話)

『血液型は? 誕生日は? 歳はいくつですか、好きな食べ物はなんですか、どこ出身なんですか』  休憩が終わる直前、坂下さんは店長と一緒に店へと戻り、僕に頭を下げて謝罪した。放心状態だった僕も肩と髪を濡らす彼女にタオルを渡し、「ごめんね」と一言。特に表情も態度も変わらず仕事を再開していたし、店長に深く問い詰められなかった。 (気まずい空気にさせてしまったな)  半分以上も食べ残したカレーをラップで包む。おかずを残したのは人生初の経験だ。 ソファに腰を掛けてテレビを見ても音声が右から左へ流れるばかり。金色の艶々オムレツにときめくこともない。 「暇だな」 ──ピンポーン。  宅配便だった。この間注文したばかりの玩具がもう届き、大箱をいそいそ開ける。今度はピンク色と黒色の袋。童話の主人公なら先にどっちを開封するだろうか。 『これを君に』 『……手作りの指輪?』  箱の中では甘いロマンスが映し出される。若いカップルが四葉のクローバーの指輪を楽しげに見つめ、愛を誓い合った。  両手の質量が増した気がし、テレビの電源を切る。 (気持ち良いことしたら忘れられるよ、きっと) 「んひっ、ひあっ、へ……ふうっ!」  最初は玩具の先っぽすら入らなかった。 ずぽずぽ。シリコン生地特有の臭いに胃を圧迫する柔らかな生地。離せばぱっくり割れたアナルからローションが垂れ落ち、じわじわ痛みがやってくる。 「あ、うぁっ、やうっ……!」  横一列に並べた玩具を尻の中へ収めていく。小さいのから大きいものまでを順序良く腰を下ろし、喘いでみせる。 (本物はこんなもんじゃない。きっと熱くてカウパーや精液がたくさん溢れる。僕だけじゃなく、相手も気持ち良くないと絶対にダメ) 「いあっ、あっ、ああっ!!」  真ん中辺りまで来て、屈伸する脚に負担がかかってきた。立ち上がれず、自分のペニスでさえへなる。 「はぁ……、はぁ、はあ……」 (全然……。全然、気持ち良くない。お腹いっぱいでも虚しさに襲われる) 『首輪の約束も出来ないのになんですか』  坂下さんが叫んだ言葉の数々は時間を重ねるごとに、玩具をハメる度に風船のように膨らんでいった。  彼女の言うことも一理ある。サキさんは自分に対して「可愛い」「良い子」と褒めてくれるが、付き合いたいや自分のDomにしたい等は口にしたことがない。 (乳首弄って、ペニスもやれば……)  衣服の上からコリコリ撫でる。感じないのなら摘んで、引っ張る。 「いっ……!」  べったべったな手で短小性器を扱こうが、 「気持ち良くない……」  一週間のオナ禁後、性感帯に触れるだけですぐにイケる身体になった。嬉ションする変態豚に生まれ変わっても「いいかな」なんて苦笑いする時もあったではないか。 「……痛い」  自分の性感帯をなぞろうが突こうが、ローションボトルを全部かけてしまおうが。  どこも気持ち良くならなければ、勃起すらしない。体は正直だというのか。 (お、おかしいな。敏感になるんだよね? サキさんに指示された時は……)  そこで、気付く。テレフォンセックスを始める際に告げられた約束事。「これから日和さんの射精管理は私がやるから、辛くても我慢だよ」と声を潜めて囁かれた。 「サキさんとのルール破っちゃった……、や」  ぐうっと喉の奥が鳴り、限界寸前だった涙腺のダムが決壊した。 (そりゃイケないよね。サキさんとの約束を破っちゃったんだから。もう、イクことも出来ないのかな)  きっと泣く理由は他にあるのだろうが、僕は馬鹿な子供みたいに泣きじゃくった。心の声が聞こえないくらい、激しく大声で。  メッセージを送信したけれど、既読は深夜三時になってもつかないままだった。

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