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優しくないお仕置き(第19話)
「……わっ!? い……ッ、た……!!」
ドアが開いた途端、身を放り投げられてしまう。背中や腹に鈍痛がし、蹲る。石特有の冷たさで痛みが酷く感じた。
「あのさ、仕事場に来ないでくれる?」
「わあ……っ」
胸倉を掴まれ、怒りで血走る瞳と目が合う。眉間には皺が寄り、整った顔立ちが一層迫力を増した。怒鳴られるよりも効果抜群で、自分の愚かさをようやく理解する。
(そうだよ。僕、また暴走して……)
「ごめんなさ……」
「いつも謝ってばかりでさ。相手の気が済むと思ってんの? 謝罪を安請けにし過ぎじゃないの?」
唇を真っ白な歯で噛んだ途端、ぱちん。僕のグレーパーカーに赤い液体が二滴落ちた。
「ご、ごめん……な、さ……」
また謝罪してしまう。……謝ることしか出来ないからだ。言い訳をしたってもうすでにサキさんに迷惑をかけている。
(一月頃に電話した時も心の底ではイラついていたのかな。謝る癖がついた僕が嫌いになって、顔も見たくくなくなったのかな……)
ダメだ、またSubの症状に振り回されている。ううん。サキさんに甘えることでカバーしていた僕の心の弱さが、根強く悪い方に育ってしまった。
「あの首輪付けたら最後、事が済むまで解放して貰えない。そういう特殊なモノでセーフワードを封じているから、ドマゾのSubしか幸福を感じないんだよ。あれを使ったら日和さんの意思なんて分かんなくなるの!」
叫び声は部屋に響き渡り、耳がキンキンする。
(そっか。無知過ぎるな僕は……)
押し掛けてわなにハマった馬鹿な僕を心配してくれるのは有難いが、また「ごめんなさい……」と謝るほかない。
(知らずに付けていたらSub dropどころじゃ済まなかった。恐ろしいものも存在するんだ……)
心に繋がりのないDomにそんな奴隷扱いされたら、精神共に壊れるだろう。想像もしたくないが。
「……もういい」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、サキさんから離される。
「もう帰って」
彼は颯爽と背中を見せて、ひらりと簡単に手を振った。
華奢な後ろ姿に胸が締め付けられていく。棘いっぱいの薔薇が絡んだみたいにとっても苦しい。
サキさんはこのまま仕事場に戻るのだろう。さっきの口ピ少年やハルさんのように、お客さん相手に色々なプレイを施してあげるのかな。それはすごく。
「嫌です……!!」
反射的に彼の手を掴む。自分のより大きい手を逃さないように両手でさらに包み込む。
「僕は、僕はサキさんと一緒にいたいです。サキさんと離れるのはもう嫌なんです……! 寂しい。あなた無しでは生きられないSubになってしまいました……」
視線を逸らされ、新たな傷が増える。棘は一番柔らかなところまで突き刺すが、痛みをぐっと堪えた。
「ここで働く事情は聞きません。でも、あなたは僕の初恋の人なんです」
本当は気付いていた。出会った頃から彼に恋愛感情を抱き、引っ込み思案で臆病な僕がここまで動けたのもサキさんに恋をしていたから。
「ずっと、ずっと好きでした……っ」
力強く掴んだはずの手を離されそうで怖い。
(言うんだ。言葉足らずでも告白しなきゃ前にも後ろにも進めない)
「僕はサキさんのことを愛しています、大好きなんです!」
初めての告白だった。人生初の。憧れや尊敬の人はいても、彼のように四六時中考えちゃう相手はいなかった。
浅い呼吸のまま突っ走ったせいで、心臓はバクバクだ。
「……それはあなたが勝手に思っていたことでしょ? 私があなたと同じ気持ちだなんて一言も口にしていない。リップサービスとか知ってる? お兄さん」
サキさんは──こっちを向いてくれなかった。
失恋したことより冷たく放たれ、瞳にすら映してくれないことの方がショックだった。
(名前すら呼んでくれない)
「……それは、そう、です……よね……」
正しくその通りだ。サキさんは今まで「樫 日和が好き」とは囁く時も躾ける時も言わなかった。僕の代わりはいっぱいいる。
ただ、パートナーがいなくて寂しかった僕に優しくしてくれただけ。Subが望むことをDomが叶え、魅せた一瞬の幸福。
何度も頭を過ぎったことだ。それを現実を突き付けられた途端、胸を抉られたような苦しさに視界が滲む。
力が入らず、簡単に両手が戻ってきた。
「……っ、ふ……ぐっ……ひ…っ」
目の前で泣いちゃダメなのに。苦しくて、辛くて、申し訳なくて、涙が出てくる。
(終わっちゃった。何もかも終わっちゃった)
あのまま恋心に気付かなければ、関係性は続いていたかもしれない。一ヶ月なんて遠距離なら短期間だ。
だからといい、騙し騙しやって急に道端に捨てられるよりは幾分かはマシだ。
「あぁっ、も、帰り……ひっ、ますっ……!」
敗者はとっとと去るのが一番良い。彼にはまた新しい出会いがある。仕事でもプライベートでも。
鼻の奥が痛み、止まらない涙を手の甲で拭きながら、深々と頭を下げた。
「……そのままそこに座って」
「……えっ。……なッ!?」
ガクンと腰の力が抜け、脚を震わせる余裕もなく座り込んでしまう。ミドリの少年に比べ、サキさんのは強力みたいだ。
(な、何が起こって……?)
彼は大理石の台に脚を組んで座る。姿やオーラは冠を取った王様だ。
「やっぱりお仕置きもせずに帰すわけにはいかないからね。ゆっくり脱いだら四つん這いになってこっちに来て」
状況に理解が出来ないが、彼は今、Domとして命令をしている。
命令通りパーカーの裾を掴み、たくし上げていく。速度は亀ペースで、怠慢の醜態をじっくり見せつけるように。だらしないお腹、臍……。割と序盤で羞恥心が込み上げた。
「……ねえ、まさかそれって……?」
首まで来たところで、腕を掴まれる。パーカーの裏から見える人影は下を向いていたので、驚きが何を指すかは検討がついた。
「乳首への絆創膏は……いつも寝る前に……。本の少し、ですが……乳首が、穴から顔を出すようになりました」
実はバスルームで陥没乳首の治療兼オナニーの手伝いをして貰った後、『陥没を洗った後は乳首にボディクリームを塗って絆創膏で貼ってあげると、ぷっくり出てきて良くなるよ』というアドバイスを貰い、以降は実践していたのであった。
「なら、先に胸をいじめてあげる」
──ビリッ。
「あッ!? あっあっ……!?」
柔らかな肉が胸元の飾りに触れた途端、強い刺激が走る。
(なんだこれ!? 乳首に直接というよりは)
──ビリッ、ビッ。
「ふっお……♡♡!!」
動くと汗が噴き出し絆創膏は蒸れ、浮いてくる。最近は水にも強いタイプを試しているため、早々には取れなくなった。
無理矢理剥がされるせいで乳がテープを離さないように伸びて。
(唇で抑揚をつけながら剥がされるっ。乳頭が隙間風に吹かれて気持ち良い……)
「あ、あの……サキさ……」
ビッ、ビリッ……ビ、ビッ。
「おっ……ぁ……♡♡!?」
こんな痛気持ち良さは自分で取る時ですら感じたことが無かった。
好きな人に無理矢理剥がされるからなのか、視界が不十分だからなのか。荒い息が溢れ、背中には汗が流れる。熱くて顔だけ出すと上目遣いのサキさんと目が合う。ピンクの宝石がさらに濃く光り輝き、流し目に胸の山が動く。
「乳首って、開発すると本の少しの風でも感じるよね……ふぅ〜」
「……ふっ、ふぅ……♡♡!!」
隙間の弱風すら感じ始めていた乳首を意図的に強い息がかけられたら、その場で腰が淫らに動いてしまう。
「左乳首も勃起してきたね。絆創膏が邪魔だって」
ネイル爪が無くてもピカピカに磨かれた桃色の爪で左を強めに弾く。
「ひあっ!」
「絆創膏貼っている間はザリザリするでしょ。だから感覚が違う」
今度は剥き出しになった方を弾かれ、「うひぃ♡♡」と喘いでしまう。
「乳首はね、調教に無限の可能性があるの。男でも開発すれば今のあなたみたいにひぃひぃしちゃう。一番手軽な場所だとオレは思っている」
群衆がいる中で彼は一人称をオレに変えていた。どういう経緯で? 制服とも何か関係があるのだろうか。
「こーら、考え事しない。今はお仕置きを受ける側なんだから」
「うひぃああ♡♡!!」
乳首を弾かれたと思えば摘まれ、ノック。潰されたら転がされる。絆創膏を取ったばかりの乳首には刺激が強く、瞬きが止まらない。
(右乳首だけでこんなにも感じちゃう!)
腰が浮き、胸も揺れる。
「うんあ。左もぷっくぷくに膨れてきた」
「ごめんなさいっ、変態でごめんなさい……!」
「わざと言ってる? 嘘吐く乳首に育てた覚えはありません」
「ごめんなしゃ……、わざと違うぅ……。嘘じゃない……。木っ端微塵に振られたのにサキさんのお仕置きで感じちゃってごめんなさいぃ……」
今の僕はどんだけ惨めなんだろう。好きなDomに嫌われているのを知りながら、Subの本能に勝てない。
「……お仕置きなら甘んじて受け入れろ。何も考えるな」
そしてサキさんはまだぴったり張り付く左乳首の絆創膏を、
──ビリリッ。
「ああぁあっ♡♡!!」
口でやった焦らしを与えず、躊躇なく取る。
痛みの方が多めに来て、目尻から涙が零れた。
「私好みのピンク色だ」
言うが早いか、彼は愛しそうに見つめるなり赤い舌で小粒のそれを迎える。
「食べ……ら、吸われっ♡♡」
歯を使い強弱をつけて噛み、赤子がミルクを飲む要領でちゅまちゅま吸う。
「あちゅい、溶けりゅ……乳首、あっ、ああ♡♡」
痛みを伴うプレイにさらに右乳首への攻撃も加わり、生身のサキさんに乳首を犯され続けた。
(妄想を遥かに超えた乳首お仕置き、無理、イク♡♡)
カウパー液が白濁の精液に色変わりする頃には雄叫びを上げ、床へ伸びていた。
「はあ、はひ……ひっあ……♡♡」
生温い感触がまだ舌を包込み、爪先がピンと張る。
(本物のサキさんに弄られた。嬉しい……やだぁ……!)
手首で口元を拭うサキさんは僕の上に跨って立つ。見下ろした顔も酷く美しく、残酷だった。
「次はどうすべきか分かるよね」
上半身は乳首をされた間に脱ぎ捨ててあった。真顔で見つめられ、ゴムのグレーズボンに手をかける。目線を返しながら下ろしていくと、太腿のところからくるくると丸まってしまう。汗と精液で大洪水だ。
「へえ〜。うさぎ柄のトランクスなんてあるんだ」
「……そ、そうなんです」
腰が降りてきたが僕の位置からは紺色の背中しか見えない。サキさんの興味は射精後の下着だった。
「前は水玉とかストライプだったよね。……もしかして、私のことを考えたら買っちゃったとか?」
無言は肯定だという。沈黙が続き、耐え難い空気を無神経に邪魔するのはムクムク勃つ己のイチモツ。
「それ、脱いで」
「パンツを……ですか?」
「そう。空腹で涎を垂らす、可愛いうさちゃんおパンツを脱いでね」
「は……い……♡」
恐れながらもパンツを下ろした。再び「お座り」と命令され、床に膝を着くと濡れた箇所が氷みたいに冷たい床につき、またイキそう。それから、次のお仕置きを期待する変態な僕がいた。彼もまた大理石に座るなり唇に弧を描き、うんうん頷く。
(ずっと、このままだったらどうしよう)
耐えきれない恥ずかしさに両手で男性器を隠す。
「こら、悪い子」
注意を受けたことはあっても悪い子認定は初めてかもしれない。ずきん、と胸が痛んだ。
(声色も相変わらず低い。まだお仕置きが足りないのかな……)
「じゃあ、ドアに両手をついて」
言われた通り、ドアに手をつくと金属音がした。目線を下に向ければ、自分に首輪が付いている。驚きと戸惑いで声が出せないでいると、心を読んだかのようにサキさんは冷たい笑みを浮かべた。
「お遊び用の首輪は一つとは言ってないよね? でも、安心して。あっちのよりはかなり軽めのだから」
(声が出ない……!?)
正しくは人語が出ない、だ。獣の唸り声のようでラジオの雑音のような鳴き声しか出なかった。
(なんで? なんで、サキさん……!?)
背後に立つ彼を見ると、目を細くして笑う。切なくも見え、同時に恐怖にも映る。裸提灯の光はここまで届かない。
「ああ、それからここの部屋、防音ないからね」
(僕の声、そんなにダメでしたか?)
「だから、あんまり騒いじゃ誰か来ちゃうかも」
キッチンが隣にあるくらいだ。もしかしたらここは休憩室なのかもしれない。店内にいた人達は乱交パーティー中だが、必ずしも来ないとは言い切れないだろう。
「それに、制服着た男と性交してるって、ヤバい案件だよ?」
彼の制服姿はかなりお似合いだ。校内に一人はいる、美人の儚い系男子。普通に高校生活を送る男子高校生にも見えなくもない。
(まさか、本当に学生!?)
目を見開く僕に対し、彼はデカ尻に自分の膨らんだものを預けてくる。
(形も申し分無く伝わり……、あひゅいっ!!)
立派な象徴物をぐりぐりと確かめさせられる。まるで尻を舐めるように動きに腰が抜けそうだ。
「まだスラックスから出してもないのによく感じるね」
彼に嘲笑われ、目が覚める。
(そうだ。サキさんは学生さんなんだ)
もし、公にバレたら彼の人生を踏み潰してしまうに違いない。
「痛くはしないよ? 絶対にね」
(興味の無い相手にも気遣える優しい人柄。きっとこの先巡り会えないDom)
犯されるのは確実に自分だと悟りながらも、彼にはこの先立派に生きて欲しいと願う自分がいる。
(僕は何もかも自分勝手だった。勝手に好意を持ち、押し掛けたのが一番納得がいく理由だろう)
短い間の思い出が走馬灯のように蘇る。僕を介抱し、突然の訪問にも優しく迎えてくれ、色んな初めてを貰ってくれた人。
(今から好きな人と最初で最後のセックスがお仕置として果たされるんだ)
サキさんと話すようになってから、女性と話す際に緊張することが僅かに減った。仕事前にお水も飲むようにしてる。
(……この行為は僕に与えられた罰だ)
サキさんに甘え過ぎてしまったこと、頼り過ぎてしまったこと、数えきれない罪を犯した罰。
嫌われて捨てられるのが僕の運命なんだと受け入れよう。
最後に一目見ようと振り返る。
どうして目を丸くしてるのか分からない。もしかして、今さら三十台デブDomを相手に怖気付いたのかな? 心の中で自虐めいたことを呟く。
(……今回のはいつになったら瘡蓋が出来るかな。二十年後とかかな)
なんだか、酷く落ち着いてきた。呼吸が楽になった気がする。
(怖いけど、ちょっとマシだ)
お尻の輪郭に沿って手を滑らされ、もう充分に解れた場所に意識を集中させる。
しかし、与えられたのは空気を切った音だった。
──バチンッ!
(ひっ……?)
表面の左尻たぶからジワジワと痛みがやって来た。
僕はお尻を叩かれたのか?
困惑する最中、耳元に彼の息が触れる。
「……忘れていたね、大事なセーフワード。めちゃくちゃ考えたけど、こうしよう」
バチンッ、パシッ、バチンッ!
(痛い! やっぱり、僕、お尻叩かれてる……!)
バシッ、バチンッ、パチンッ。
「『サキさんが嫌い』。これをセーフワードにしよう」
あまりにも突然決められ、囁かれたセーフワード。
(な、なん……で)
パシンッ、パチンッ、バシッ!
(あああっ!!)
「オレに関する嫌いワードを一つでも発したのなら行為は中断する。それでいいね」
(どうして、どうしてなの!?)
だった僕は。だって彼は。
「ちなみにこの首輪、セーフワードを音声入力すると、首輪を付けられた本人がそのワードを思い浮かぶだけで効果のある画期的なものなんだ」
分厚いデカ尻は叩かれると反動で振動する。強弱の違う叩きが絶えず行われ、僕はドアに体重をかけた。
「返事は?」
また叩かれるが、首を縦に振れない。
(肯定なんかしたら……)
強制的に気持ちを離されてしまう。呑気なことだと叱られるだろうが、僕は彼を嫌いになれない。
「『うん』って言わないと何もしてあげないよ?」
(そ、そんなぁ……!)
サキさん 欲しいSubの欲求に理性を奪われ、支配されそうだ。
(こんなのただのせ……)
せ。せから始まるもの。セックス、セフレ、性処理機。次々と浮かび、
「……悪い子だね」
──ドクン。
「これはお仕置きだよ。だけど行為を続行するにはSubの意思も尊重しなければならない。頷かないと辞めちゃうよ」
(だからそうやって君は……)
「オレとシたくてたまらない癖に。日和さんの本能くらい分かるよ。オレが体を調教した張本人だからね」
どこか吐き捨てるように。自分のせいだとも言いたげに。
僕は──ゆっくり頷いた。
(後悔するのなら、僕一人だけでいい)
それが唯一の恩返しだから。
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