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第10話 最悪な展開
十二時五分前。俺は駅前の噴水広場に立っている。
普段なら一時間くらい余裕で遅刻するこの俺が、まさかの五分前行動。
「あほか俺は。これじゃまるで今日を楽しみにしてたみてぇじゃねぇか」
この頃、自分で自分が分からなくなる。
今日の事だって、俺が言い出さなけりゃ青峰とデートなんてすることなかったんだ。
なのに。アイツの無理して笑うあの顔が、俺から離れる温かな手が、名残惜しくて、どうにかしたくて……ついあんな。
「こんにちは!米田君!」
「おうわっ!?」
「え、今回は普通に来たのに。そんなに驚く?」
「え?あ、いや……」
さっきまでお前の事を考えていたからだよ。なんて、死んでも言いたくねえ。
「もしかして……エッチなことでも考えてたぁ~?ごふっ!!」
「さっさと行くぞ」
「出会って数分で、みぞおちに一発貰うことになるなんて、流石の僕も予想してなかったよ……」
とか言って、俺が手加減してるって分かって避けなかったくせによ。このクソ男が。
絶対にコイツには勝てねぇって思っちまったじゃねぇか。
「テメェがふざけたことぬかすからだ。だいたいそこまでは考えてねぇつうの」
「……へぇ~~『そこまでは』か」
「……」
「エッチなことじゃなくても、『僕の事』は考えてくれてたんだね!」
その言葉は正論だったが。
とりあえず俺は、にやにやと笑う青峰に腹が立ったので、もう一発かましてやった。
「んで。どこいきてぇんだよ。お前」
「いたた……え?どこって……米田君の好きな場所でいいよ?」
「あ?それじゃ意味ねぇだろうが。今日はテメェへのご褒美で付き合ってんだからよ」
「う~~ん。そう、なんだけどさ……」
青峰は困ったように頬を掻きながら、視線を下へ逸らす。
てっきり「じゃあ……ホテル行こうか」なんてくだらない事言い出すか。そうじゃなくても、女とのデートくらいした事ある野郎だから、映画とか水族館とか、そういうベタな場所にでも行こうかなんて言ってくるかと思ったが。
寧ろ、何処に行けばいいか分からない顔してやがる。
「……行きたい場所、ねぇのかよ」
別に本屋とか、絵が好きなら美術館でもいいだろう。
コイツにも行きつけの場所くらいあるはずだ。
けど、困った表情はそのままで。ただ口元だけが上にあがる。
「ごめんね。僕自分で決めれなくてさ……」
その言葉と表情に、何かがつっかかった気がした。
『自分で決めれない』というより、まるで『決め方が分からない』みたいな。
「ねぇ!米田君はいつも何処に行くの?連れて行ってよ!」
表情がいつものキラキラに戻る。
なんか、うまいこと誤魔化された気もするが……。
「仕方ねぇ。じゃあ着いて来いよ」
「うん!」
俺はとりあえず。一番近くのゲーセンに向かった。
*
「おっしゃ!勝った!」
「米田君強いなぁ」
見た目も中身も力も青峰に負けていた俺だったが、ようやく青峰に初めて勝利した。このレースゲームで。
まぁ俺はよく猿山達とやってるから、勝って当たり前なんだけど。
「ゲーセンって、色んなゲームがあるんだね!これもまるで車を本当に運転してる気分だったよ!免許とか取りに行く前に、こういう所で練習したらよさそう!」
「……お前。もしかしてゲーセン初めてとか言わねぇよな?」
「初めてだよ」
揺るぎのない瞳が、俺の胸を動かす。
子供でも行ける娯楽の場所。
俺達くらいの歳なら誰でも行ってるだろうと思ってた。それが当たり前だと、普通だと思ってた。
けど、そうじゃない奴もいる。
「わりぃ。別にゲーセン初めてってのが悪いわけじゃねぇのに」
「謝らないで!全然気にしてないし!それに米田君じゃなくても、多分皆同じこと言ったと思うし」
異様な目で見られるのがどれだけ不快か、俺が一番知ってたはずだ。
なら、今の俺にできる事は。
「こういう娯楽が初めてなら、丁度いい」
「え?」
咄嗟に青峰の手を引いて、俺は言ってやった。
「俺がテメェを、思う存分楽しませてやる」
それから俺は、自分が良くいく場所に青峰を連れ回した。
カラオケで持ち歌を歌い、今日は抑えて一時間だけパチンコをして五千円負けて、ボーリングで二ゲームして青峰に負けて、昼飯は行きつけのラーメン店で二人で替え玉をして、たまに行く服屋で服を見て、たまたまあったコンビニで俺は肉まん。青峰はピザまんを買った。
気づけば時刻は夕方の六時過ぎ。周りは薄暗く。少し肌寒くもなってきた。
本来の俺ならこっからが本番ってところだが……。青峰はそうじゃないだろうしな。そろそろお開きってところか?
「なぁオイ。今日は……どうだった。なんか俺ばっかが楽しんじまった気もするが」
ピザまんを食べ終えてた青峰は、買っておいた温かいお茶を一口飲んで、ほっと息を吐いた。
「僕ね。友達は多いけれど、今日みたいに一日遊んだりするのって初めてだったんだ。他の人達みたいに遊んで、好きなだけ食べて、何気ない話で笑って……そういうのずっと憧れてた」
「これからすればいいじゃねぇか。他のダチともよ」
「……駄目だよ。きっと皆気を使っちゃう」
「なんで、ダチに気を使わなきゃいけねぇんだよ」
「それは……」
青峰は下を向いたまま俺を見ようとしない。
言いたくないんだろう。目の前にいるのが好きな奴だろうと。
「言っただろ。お前の事教えろって」
「……米田君」
好きだ好きだと言いながら、結局青峰は俺から一歩距離を置いている。
他の奴等みたいに。
「俺は教えたぞ。好きなもん嫌いなもん。なのにテメェは俺を好きとかほざいときながら、自分の事は何も教えねえつもりか?」
「そんなつもりは!」
「なぁ、なんでお前は俺が好きなんだ?こんな外見で、他の奴等は俺を見ればすぐに逃げる。中身だってクズ野郎だ。ずっと遊びまくって、女引っ掛けて、最低な事なんて数えきれねぇくらいやってきた。なのにお前は、初めて会ったばかりの俺を好きだとほざいて、無理矢理抱きやがった」
「米田君……」
「なぁ。こんな俺の何処を好きになったんだよ。青峰」
青峰との距離を縮める。
きっとこのまま倒れたらキス出来そうなほどに、俺と青峰はジッと互いを見つめ合っていた。
俺は無意識に知りたがっている。
青峰の事がーー気になり始めている。
「……やっぱり。覚えてないよね」
「……は?」
今、覚えてないって言ったか?
じゃあなにか?
まさか俺は、どこかで青峰と会っていたってことなのか?
ボコボコにやられたあの日よりも、もっと前に。
「オイ。どういうことだよ青峰」
訳が分からなくなって青峰を問い詰めようとしたが。いつのまにか青峰の視線は、俺ではなく。その背後に向いていた。
その表情も、先ほどとは違う意味で動揺している。
「あお、みね?」
「米田君……どうしようか……」
青峰が不安そうに見つめるその視線の先に居たのは、俺を失望したように見つめる猿山の姿だった。
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