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第2話 最悪な奴
「ぁあ??なんだテメェ!!」
折角の楽しみを邪魔され、まず最初に怒りをあらわにしたのは犬山だった。
俺達もその後ろで威嚇するが、男は怖がる素振りも見せず。ニコニコと爽やかな笑顔を向けたままゆっくりと歩み寄ってくる。
外見からすると多分俺とほぼ変わらない歳だろう。こんな好青年が夜中になにをしていたかなんて別に知りたくもないが、夜とは不釣り合いなくらいにそいつは太陽の様に輝いて見えた。
まさに俺らとは正反対の存在。善人で、美少年だ。
「ね、そろそろ彼女可哀想だしさ!離してあげてくれないかな?」
「ハッ。なにお兄さん?この子の彼氏とか?」
「いや、違うよ?」
「じゃあなんだよ、関係ないなら邪魔しないでくれます~?」
「僕は……そうだな。彼女を助けに来たヒーローってとこかな?」
「……ア?」
胸やけがしそうな台詞を、さも当たり前かの様に口にしたその男に、流石の俺もプツリと堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけてんじゃねぇぞゴラァ!!その綺麗な面ボコボコにしてやらぁ!!」
一人の男に対し、こちらは四人がかり。どう考えても完全に俺達が有利だったはずなのに。
俺達の拳が、男の顔に当たることは一度もなかった。
「いっ、つッ……」
ボコボコにやられてた俺の身体は起き上ることが出来ずに、その場でただ蹲る事しか出来ないでいた。
そんな俺達を、男は笑顔を崩すことなく上から見下ろしている。
こんな屈辱が一度でもあっただろうか。
いやそもそも、こんな優男が俺達に喧嘩を売ってきたこと事態今まで無かった事だ。
「クソッ……何なんだよテメェ……」
普通の、今まで見てきた奴等とは全然違う。
「実は僕、柔道と空手と少林寺してたので。このくらいの喧嘩では負けたことないんです」
「どこの最強キャラだよ」
少女漫画っていうより、少年漫画の主人公みたいな野郎だな。
冷たい地面に寝転がったまま、あまりに現実味のないこの男の存在に俺は思わず苦笑いを浮かべる。
「ハッ。本当にヒーローみたいな野郎だな……」
薄れていく視界の中、ちっぽけな存在の自分に思わず涙を浮かべて。
そのまま、静かに瞼を閉じた。
*
「んっ……」
朝日が、瞼の裏に差し込んでくる。
寝返りをうてば、フカフカなベットが俺を優しく包み込んだ。しかも干したての匂いまでする。
ん?あれ?
俺のベットは、こんなに寝心地の良いものだっただろうか?
「ん!??」
いや、というか俺は昨日家に帰った記憶はない。
「何処だここ!?」
「あ、起きた?おはよう!」
「……は?」
爽やかな紅茶の香りが漂うマグカップを片手に、男は笑顔を向けたまま俺の隣に立っていた。
寝ぼけていた脳が覚めて、徐々に記憶が戻ってくる。
そうだ、俺は昨日この男に……。
「お、まえ……」
「僕の名前は青峰景 。君の事は知ってるよ……米田竜二君」
「ア!?……なんで俺こと知ってやがる」
「まぁ……ほら、君この町じゃあちょっとした有名人だし?」
「……チッ」
ベットの隣に置いてあるテーブルへマグカップを置き、青峰という男はそのまま俺の隣に腰を下ろした。
一口も飲んだ形跡がないということは、この紅茶は多分俺用として持ってきたのだろう。
昨日も変だとは思ったが、やはりこの男は普通じゃない。
何を考えているのか全く読めない。
「……つうか、まずここは何処だよ」
「僕の家だよ」
さも当然の様に答えているが、普通喧嘩をふっかけてきた相手を自分の家に入れるだろうか?
あまりにも不可解な行動に、実は昨日の奴とは別人なんじゃないかとも思えてくる。
「お前……昨日俺達になにしたか分かってんだろうな?」
「分かっているよ。僕は昨日、君達に絡まれてた女性を助けた」
「んで、俺達をボコボコにしたよな?」
「そのかわり傷の手当はしておいたよ?」
確かに腕や頬にはガーゼが貼られている。
ってことはやっぱり、コイツは昨日の奴か。
「じゃあ……しっかりお礼をしないとなぁ!!!」
昨日の仕返しをしてやろうと、被さっていた布団を勢いよく剥がし。そのまま男の顔面に向けて拳を入れるが、手のひらであっさりと受け止められてしまった。
「そんな怖い顔しないでよ。だいたい僕に勝てるって思ってるの?」
「クソがっ!!調子のんじゃねぇ!!」
怒りに任せもう一度拳を入れるが、今度はそのまま腕を掴まれ。布団の上に押し倒されてしまった。
しかも背中に回された片腕が押さえつけられ、身動きが取れない。
「ッ……」
「昨日も言っただろ?僕は強いって」
「……クソッ……クソックソックソがァア!!!」
ムカつく。
力でも中身でも外見でも、俺はこの男には到底かなわない。
自分が情けなくて、腹が立つ。
「……ねぇ、米田君」
「ァアッ!?なんだ……よ……」
急に声色を変え、余裕のない顔で俺を見つめてくる青峰に、一瞬心臓がはねた。
それはまるで、欲情した獣の様にも見える。
さっきまでの爽やかオーラは、一体何処に行ったんだ。
「お礼なら、別のが欲しいんだけど」
「ッ……な、なんだよ……」
いつのまにか腕は解放されていて、俺はいつでも逃げることが出来た。
でも、それでも動けなかった。
俺の上で馬乗りになる青峰のせいで。
「米田君の……処女が欲しい」
「……は?」
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