5 / 12
第5話 最低なキス
「ここだよ」
俺の手を握ったまま、青峰は変わらない笑顔で振り返る。
目の前にある扉には、実習室と書かれていた。
「オイ。こんなところに連れて来て、なにするつもりだ?」
正直、あまり二人っきりになる場所には入りたくないのだが。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?見てほしい物があるだけだから」
「べ!別に警戒なんてしてねぇつうの!!」
咄嗟にそう言い返してしまったものの、多分俺は無理矢理犯された時を思い出して、思わず顔に出てしまっていたのだろう。
青峰は少し困ったように眉を下げて、ぎこちない笑みを作ると。握っていた手を離して、俺の頭の上に手を軽くポンッと乗せた。
口には出さなかったが、きっと「大丈夫。何もしないから」という意味だったんだろう。
でもそう簡単に信用なんて出来るわけもなく、俺がそのまま何も言わず顔を背けると。青峰はポケットから鍵を取り出して、実習室の扉を開けた。
「ほら、入って入って。コーヒーや紅茶もあるから」
教室に入っては、慣れた手つきでそこら辺にあった椅子と机を窓際に動かして。飲み物の準備をし始めた。
俺も、青峰の後に続いて恐る恐る足を踏み入れる。
すると、目の前に広がってきたのは様々な景色と。生き物の絵だった。
まるで、その形を鮮やかに彩る色がついてるものもあれば。鉛筆だけでその存在感を表している絵もある。
「すげぇ……」
思わずそんな感動の言葉が零れた。
「ここではね、日本画を描いてるんだ」
「日本画……どおりで部屋がこんなに広いわけだ」
床に置かれている絵を踏まないように移動して、俺は椅子に座って様々な絵を見渡した。
ほとんどの絵が未完成な物ばかりだが、それでも俺は。
「綺麗だと思った?」
「っ……」
思っていたことを先に青峰に言われてしまい、何故か少しだけ反抗心が湧いてくる。
「はっ。なんだお前?俺の考えている事はお見通しってか?」
「全部は分からないけど……でも米田君は、思ってることがよく顔に出てるから」
「チッ。テメェは寧ろ何考えてやがるか全然分からねぇけどな」
だからこそ俺は、コイツが苦手だ。
もっと他の奴等みたいに俺を怖がればいいものの、コイツはそういう素振りどころか、俺を好意的な目で見てきやがる。
何を考えてるのか全然読めやしねえ。
「だからここに呼んだんだよ。僕を知って欲しい……いや、思い出してほしいから」
「は?何の事だよ」
意味の分からない言葉にもう一度聞き返すが、青峰は俺を無視して一枚の絵を取り出す。
「この絵、どう思う?」
青峰に見せられた絵は、一言で言うと『完璧』だった。
素人の俺でも分かるくらい、美しい桜の絵。美術館とかで展示されてても、きっと大学生が描いた絵なんて分かりはしないだろう。
きっと誰もがこの絵を見れば、称賛の声をあげるはずだ。
けれど俺はその絵を見て、複雑な感情が湧き上がる。
「なんかそれは……あまり好きじゃねぇな」
「……どうして?」
「いや、なんかうまく言えねぇが。なんつうか『完璧すぎんだよ』その絵。こう、まるで自由に描けてねぇみたいつうか……なんというか」
自分でも、なんでこんな気持ちになっているのか分からない。
その絵は凄いとは思う。けれど何かが足りない気がするというか、まるでソイツが描いた作品じゃないみたいというか。
「つか、誰が描いたんだよそれ」
「……やっぱり。君ならそう言ってくれるって思った」
「は?ちょっ、まっ、うわっ!!」
俺の背中に腕を回して、青峰はそのまま椅子ごと俺を押し倒した。
床に打ち付けられた背中がジンジンして痛いが、今はそれどころじゃない。
「オイ!!なにもしねぇって言っただろうが!!」
「ごめん。やっぱり無理」
「は!?うっむーー」
痛みで抵抗する力が入らず。青峰は俺の頬を強く掴んで、唇を強引に奪った。
まるで噛みつくようなキス。唇がヒリヒリして、少し痛い。ほのかに血の味もする。
「んっ!やめっ」
手足をバタつかせようとすると、無理矢理抑え込まれて。口を閉じようとすると、舌を無理矢理突っ込んできやがる。
呼吸もうまく出来なくて、唾液がだらしなく口の横からダラダラと流れ出てしまう。
苦しい。痛い。辛い。
それなのに、身体だけは快楽に溺れてしまいそうになる。
こんなのーー俺じゃない。
「よ、ねだ……くん」
「はっ……ぁ……はぁ……っくっ」
「泣いて……るの?」
「だ、誰が泣くかボケ!!いいからどけやカスッ!!」
「米田君!!」
溢れる涙を必死に拭いながら、俺はそのまま逃げるように教室を飛び出した。
ともだちにシェアしよう!