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第5話 最低なキス

「ここだよ」 俺の手を握ったまま、青峰は変わらない笑顔で振り返る。 目の前にある扉には、実習室と書かれていた。 「オイ。こんなところに連れて来て、なにするつもりだ?」 正直、あまり二人っきりになる場所には入りたくないのだが。 「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?見てほしい物があるだけだから」 「べ!別に警戒なんてしてねぇつうの!!」 咄嗟にそう言い返してしまったものの、多分俺は無理矢理犯された時を思い出して、思わず顔に出てしまっていたのだろう。 青峰は少し困ったように眉を下げて、ぎこちない笑みを作ると。握っていた手を離して、俺の頭の上に手を軽くポンッと乗せた。 口には出さなかったが、きっと「大丈夫。何もしないから」という意味だったんだろう。 でもそう簡単に信用なんて出来るわけもなく、俺がそのまま何も言わず顔を背けると。青峰はポケットから鍵を取り出して、実習室の扉を開けた。 「ほら、入って入って。コーヒーや紅茶もあるから」 教室に入っては、慣れた手つきでそこら辺にあった椅子と机を窓際に動かして。飲み物の準備をし始めた。 俺も、青峰の後に続いて恐る恐る足を踏み入れる。 すると、目の前に広がってきたのは様々な景色と。生き物の絵だった。 まるで、その形を鮮やかに彩る色がついてるものもあれば。鉛筆だけでその存在感を表している絵もある。 「すげぇ……」 思わずそんな感動の言葉が零れた。 「ここではね、日本画を描いてるんだ」 「日本画……どおりで部屋がこんなに広いわけだ」 床に置かれている絵を踏まないように移動して、俺は椅子に座って様々な絵を見渡した。 ほとんどの絵が未完成な物ばかりだが、それでも俺は。 「綺麗だと思った?」 「っ……」 思っていたことを先に青峰に言われてしまい、何故か少しだけ反抗心が湧いてくる。 「はっ。なんだお前?俺の考えている事はお見通しってか?」 「全部は分からないけど……でも米田君は、思ってることがよく顔に出てるから」 「チッ。テメェは寧ろ何考えてやがるか全然分からねぇけどな」 だからこそ俺は、コイツが苦手だ。 もっと他の奴等みたいに俺を怖がればいいものの、コイツはそういう素振りどころか、俺を好意的な目で見てきやがる。 何を考えてるのか全然読めやしねえ。 「だからここに呼んだんだよ。僕を知って欲しい……いや、思い出してほしいから」 「は?何の事だよ」 意味の分からない言葉にもう一度聞き返すが、青峰は俺を無視して一枚の絵を取り出す。 「この絵、どう思う?」 青峰に見せられた絵は、一言で言うと『完璧』だった。 素人の俺でも分かるくらい、美しい桜の絵。美術館とかで展示されてても、きっと大学生が描いた絵なんて分かりはしないだろう。 きっと誰もがこの絵を見れば、称賛の声をあげるはずだ。 けれど俺はその絵を見て、複雑な感情が湧き上がる。 「なんかそれは……あまり好きじゃねぇな」 「……どうして?」 「いや、なんかうまく言えねぇが。なんつうか『完璧すぎんだよ』その絵。こう、まるで自由に描けてねぇみたいつうか……なんというか」 自分でも、なんでこんな気持ちになっているのか分からない。 その絵は凄いとは思う。けれど何かが足りない気がするというか、まるでソイツが描いた作品じゃないみたいというか。 「つか、誰が描いたんだよそれ」 「……やっぱり。君ならそう言ってくれるって思った」 「は?ちょっ、まっ、うわっ!!」 俺の背中に腕を回して、青峰はそのまま椅子ごと俺を押し倒した。 床に打ち付けられた背中がジンジンして痛いが、今はそれどころじゃない。 「オイ!!なにもしねぇって言っただろうが!!」 「ごめん。やっぱり無理」 「は!?うっむーー」 痛みで抵抗する力が入らず。青峰は俺の頬を強く掴んで、唇を強引に奪った。 まるで噛みつくようなキス。唇がヒリヒリして、少し痛い。ほのかに血の味もする。 「んっ!やめっ」 手足をバタつかせようとすると、無理矢理抑え込まれて。口を閉じようとすると、舌を無理矢理突っ込んできやがる。 呼吸もうまく出来なくて、唾液がだらしなく口の横からダラダラと流れ出てしまう。 苦しい。痛い。辛い。 それなのに、身体だけは快楽に溺れてしまいそうになる。 こんなのーー俺じゃない。 「よ、ねだ……くん」 「はっ……ぁ……はぁ……っくっ」 「泣いて……るの?」 「だ、誰が泣くかボケ!!いいからどけやカスッ!!」 「米田君!!」 溢れる涙を必死に拭いながら、俺はそのまま逃げるように教室を飛び出した。

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