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第12話
眠りから覚めると、隣で太雅がじっと自分を見つめていた。
「太雅……」
「体、大丈夫か?」
幸生の体がギシギシと痛んだ。特に下半身はまだ、太雅のものが入っているような感覚があり、太雅とセックスしたのは夢ではないのだと、実感してしまった。
「あんまり大丈夫じゃない……」
太雅はまだ、服を身に付けておらず上半身裸だった。先程まで、その体に抱かれていたのかと思うと、気恥ずかしさがこみ上げ、幸生は布団を頭から被ってしまった。
「なんで、泣いてた?」
そう言って布団の上から太雅が叩いた。
「……」
太雅はその理由が知りたくてここに来たはずだったのだ。幸生の望み通り、太雅に抱かれている間、鉄郎の事を思い出す事はなかった。
「太雅のおかげで、もう忘れた。ありがとう、太雅」
布団の隙間から顔を覗かせるとそう言った。
太雅の顔は変わる事はなかった。
「怒ってる?」
幸生は体を起こすと、太雅の顔を覗き込んだ。
「怒ってねーよ。つか、服着ろ」
太雅は幸生の裸体に顔を赤くし、自分が着ていたTシャツを幸生に向かって投げつけた。
それに腕を通すと、
「俺はもう、おまえを抱かない」
太雅にそう言われた。
「うん……」
そう言われても仕方がない。幸生自身、次があるとは思ってはいない。
「俺の存在がある事で、おまえが鉄郎を忘れられるなら、俺はずっとおまえの側にいる。でも、もう抱く事はしない。次がおまえを抱く事があるとするなら、おまえが俺を好きになった時だ」
太雅はそう言って服を着ると、
「じゃあな、また明日学校で」
パタリと静かに部屋のドアが閉まると、気怠い体をベットに横たえた。
(太雅に抱かれている間、鉄郎の事、全然忘れてたな……)
太雅を利用した罪悪感はあった。自分は鉄郎を忘れる為に太雅を利用したはずだったが、太雅とのセックスの快楽を体がすっかり覚えてしまった。あれだけ達したというのに、思い出すと再び下半身が疼き始めた。
次の日、学校には行ったものの、とてもではないが体がテニスをできる状態ではなく部活を休んだ。
太雅からは、「無理させて悪かった。ゆっくり休め」そうメッセージが届いた。
少なくとも、この体の痛みがある間は太雅を思い出すのだろう。
それから一ヶ月が経った。あれ以来、太雅は今まで通り、何事もなかったように普通だった。宣言通り、太雅は手を出す事はなく、終始自分の隣にいてくれた。
自分はといえば、太雅の着替えを見る度にこの体に抱かれたのだと、唇を見る度にこの唇にキスをしたのだと、あの日の事を思い出す日々だった。
かと言って太雅を好きなのかと問われたら、それは分からなかった。相変わらず鉄郎と山下の姿を見れば、落ち込む自分がいたし、太雅と体を繋げた今、前とは違う感覚で太雅を見ているのは確かだった。
授業が終わり、部活に行こうと太雅と並んで廊下を歩いていると、
「御子柴!」
太雅を呼ぶ声がし、振り向くと隣のクラスの女子が二人立っていた。
「少しいいかな?」
その言葉に思わず幸生と太雅は目を合わせた。
「いいけど、部活行くから手短に」
「先行ってるね」
ポンと肩に軽く触れると幸生はその場を去った。
おそらく告白されるのだろう。太雅は愛想こそなかったが、それがクールでカッコいいと一部の女子に人気があるのは知っていた。
(もし、太雅にまで彼女できたら……)
そう考えると幸生の胸がチクリと痛むのを感じた。
部活が終わると幸生は部室の備品のチェックをしようと部室に残った。太雅はいつものように、走り込みに行っているようだった。
部室の扉が開き、汗だくの太雅が現れた。
「お疲れ」
「ああ」
はぁはぁと息を切らし、汗をタオルで荒っぽく拭いている。
先程の告白を太雅はなんと答えたのだろうか。
「さっき、告白されたの?」
「あ? ああ……まぁ。断ったけど」
「ええー? もったいない! 結構可愛い子だったじゃん」
救急箱の中身から目を離さず幸生は言うと、バン! と荒っぽくロッカーを閉める音が部室に響いた。
「俺はおまえが好きだって言ってんだろ!」
太雅は鋭い目を幸生に向けられると、幸生の肩がビクッと揺れた。
「ご、ごめん……」
「好きな奴にそういう事言われると、さすがに傷付く」
「そ、そうだよね……ホント、ごめん」
太雅に抱かれた日に言われた鉄郎の言葉を思い出すと、無神経な自分に自己嫌悪になった。自分だって鉄郎に言われた時、あれ程傷ついたはずなのに、同じ事を太雅にしてしまった。あの時の自分のように、太雅は傷つけてしまったと思うと申し訳ない気持ちになった。
太雅はガンっともう一度ロッカーを叩くと、
「俺は、おまえが好きなんだよ」
そう言うと、今度は悲しげな目を幸生に向けた。
「俺を好きになる可能性はないのか?」
今、太雅と自分が重なり、幸生の胸が締め付けられるたように痛んだ。
「……」
幸生は目を伏せ、何も答える事が出来ない。自分でも思う。太雅を好きになれればと。
「さすがに俺も辛くなってきた。側にいられればいいと思ってたけど、いればいるほどおまえへの気持ちが大きくなるばっかりで。でも、おまえは鉄郎が好きで……」
その気持ちは痛い程幸生には分かる。
「明後日の試合で優勝できなかったら、俺はおまえを諦める」
そう唐突に言われた。
「え?」
太雅はそれだけ言って、幸生を残し部室を出て行ってしまった。
(太雅が俺を諦める? 好きでいる事をやめるって事? )
鉄郎の穴を埋めるように隣にいてくれた太雅。その存在がなくなる。幸生の心に空いた大きな穴が、太雅の存在によって少しずつ埋まっているのは感じていた。その太雅が隣にいなくなる。
(太雅の気持ちに応える事は今の自分にはできない……それもいいのかもしれない)
そう考えが浮かんだが、何故か涙が流れた。
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