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第13話

太雅は半年程前から幸生の事が好きだった。 最初は女みたいな華奢な体で、強豪文英高テニス部に着いていけるのか疑問だった。だが、プレーを見てみれば、力強いプレーはないものの、左利きを活かし華奢な体を補うように綺麗なボレーを決める選手だと思った。マネージャーのいないテニス部で、いつも率先して雑用もしていた。いつも笑顔を浮かべ温厚なその性格と中性的な見た目から部員達には《テニス部の母》などと言われていた。  半年前の新人戦の決勝で、中学から勝てた事のない相手に四度目の黒星を喫した。 なぜあれだけ練習をして、筋トレもして、きついトレーニングもこなしているのに勝てないのか、悔しくて悔しくて初めて悔し涙を流した。  『次、頑張れよ! 』  『今度は勝てるって! 』 チームメイトにはそう言われ、スクールのコーチには、  『努力が足りないじゃないのか? 』 と、言われた。  これ以上、何を頑張り何に努力すればいいのか、周りの心ない言葉に酷く落ち込んだ。  試合後、落ち込み一人ベンチに座る自分の隣に幸生が座った。  『俺は太雅が頑張ってるの知ってるから、これ以上頑張れなんて言わないよ。お疲れ様、ゆっくり休んで』 幸生はそう言って肩に軽く触れると、綺麗な笑みを太雅に向けた。  幸生が去った後、その言葉を思い出し太雅は泣いた。  幸生にしてみれば、記憶に残らない程度の事だったのかもしれない。だが、太雅はその幸生の言葉に救われたのだ。今思えば、自分は努力し頑張っている事を誰かに認めてもらいたかったのだろう。負けるのは頑張りが足りないからじゃない、努力していないからじゃない、何かが自分には足りないのだと、気付いた瞬間だった。 その後、太雅は視点を変え、視野を広げる事にし、自分に足りない物はなんであるかを考えた。ずっと、ジュニアの大会だけに出ていたが、大人に混ざり一般の大会に出る事にした。  一般の大会に出場する選手は様々だ。大学で活躍したインカレ選手やテニスコーチ、50歳を過ぎたベテランの人もおり、幅広い人たちが出場している。そんな人たちとする試合は新鮮だったし、いい経験が積めた。ジュニア相手にするよりも、経験豊富な一般の選手は簡単に勝たせてはくれなかった。負けた時は、相手の選手に自分のダメ出しを聞いては、次の練習に活かした。 自分に足りなかった物は《一球一球考えて打つ事》と《経験》なのだと一般の大会に出て気付かされた。  結果、太雅はランキングを一気に上げ、現在は常にトップ3をキープしている。   その切っ掛けをくれたのが幸生の一言だった。 それ以来、自然と幸生を目で追うようになった。だが、その隣にはいつも、鉄郎がいた。幸生を目で追うようになって、鉄郎を見る幸生のその目が友人を見る目ではないのを悟った。鉄郎の隣にいる幸生は綺麗だと思った。  いつしか、その目で自分を見てほしい、そう思うようになって、自分は幸生が好きなのだと自覚した。  太雅は元々同性愛者ではない。初体験は中学二年の時、同じスクールに通う三つ年上の女子高生だった。一年程付き合ったが、相手の大学受験がきっかけで別れてしまった。その後も何人かの彼女はできたが、テニスを優先する太雅に彼女たちは不満ばかりを募らせ、結局上手く行く事はなかった。太雅の中で、テニス以外に興味を示す事は殆どなく、何に於いてもテニスが最優先事項だった。  当然最初は、同性である幸生への気持ちに戸惑った。だが、いつも太雅の目は幸生を追っていた。それが何なのか、さすがの太雅ですら自覚した。幸生を恋愛の対象として見ているのだと。そう認めてしまえば、あっさりとそんな自分を受け入れていた。自分は幸生が好きで、幸生の隣にいたい、そんな想いに同性とか異性とか関係などないのだと、同性を好きである事への後ろめたさからか、自分にそう言い聞かせた。 そんな幸生の表情に陰りが射し始めた。どうやら鉄郎に彼女ができそうなのだと知った。それでも幸生は鉄郎の隣でいつものように笑っていたが、ずっと幸生を見つめてきた太雅にはその笑顔は前とは違うものだと気付いた。  (幸生の笑う顔が好きだ)  綺麗にふわりと笑う幸生の顔が好きだった。目はこれでもかと垂れ下がり少し八重歯が覗いて、それが可愛いと思ったし、少し長めの髪を耳にかける仕草が色っぽく見えた。  鉄郎が彼女に夢中になり、幸生は教室では一人で過ごす事が増え、そんな幸生を太雅は放っておける事はできなかった。  (自分なら幸生にそんな悲しい想いなどさせない、ずっと側にいて幸生を幸せにしてやりたい)そう強く思った。  狡いとは思いつつも、そこに漬け込もうとしていたのも否定はできない。  それはいつも鉄郎に向けられ、遠目からしか見る事が叶わなかったその笑顔が、最近は自分の隣りで見られる事が幸せで、その時はそれで満足しているはずだった。  だが思わぬ形で、とうとう幸生を抱いてしまった。  なぜあの時、幸生が泣いていたのかは鉄郎が原因だと言う事しか分からない。あんな形で幸生を抱く事になったが、無我夢中で幸生を抱いた。痛がる幸生を見ても止める事はできなかった。  今思えば、幸生が望んだ事とは言え、抱くべきではなかった。こんなにも幸生への気持ちが膨らんでしまうと分かっていれば抱きはしなかった。  近くにいると、また触れたくなる。その薄く形の良い唇にキスをしたい。細く華奢なその体を抱きしめて、直にその白い肌に触れて痕を残したい、もう一度幸生を抱きたい、抱き潰して幸生の中から鉄郎の存在を消し去りたい、そんな事ばかり思うようになっていた。  あの時、本当は、優勝したら自分と付き合ってほしい、と言いたかった。だが、そんな幸生の気持ちを無視するような事は出来なかった。  幸生は鉄郎の事が好きなのだ。最近は、鉄郎を想う幸生を好きな自分が酷く惨めになるのを感じていた。  幸生も鉄郎に対してこんな風に思っているのだろうか、そう考えてまた、落ち込んだ。いつまでも鉄郎を好きな幸生の心に入り込む隙間はなく、そんな幸生の隣にいる事への限界を感じていた。  気持ちに区切りをつけるきっかけが欲しかった。

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