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第6話

光村や日下部が言った通り、山岡のオペの腕前は確かだ。 手術室に付き合う看護師も麻酔科医も、慣れた面子で固めているため、多少聞き取り難い山岡の指示も、テキパキこなす。 怒鳴ったり慌てたりしない山岡のオペは、淡々と、だが正確に、予定時間よりもずっと早く終わった。 「お疲れ様でした」 「お疲れ様…」 「本日もお見事でした」 「ありがとうございます…。お先に…失礼します」 もそりと俯いて、パチンと手袋を外しながら、山岡はそそくさと手術室を出て行く。 シュッと外扉も抜けた山岡のもとに、家族控え室の方から家族が駆け寄ってきた。 「先生っ」 「はぃ…手術は無事終了しました。まだ麻酔で眠っていますが、問題はありません」 ニコリともせず、相変わらず俯きがちに言う山岡にも、家族は深く頭を下げ、嬉しそうにしていた。 「ありがとうございました」 「いえ、では…」 ペコリと頭を下げた山岡は、そのままスッと家族を避け、病棟へ戻って行った。 「聞いた?聞いた~?」 「ダメ岡!今日、日下部先生と同伴出勤の話でしょ?」 「そうそう!どういうこと?!」 「しかも服が昨日と同じだったとか!」 ぎゃぁ、と騒いでいるナースステーション内の看護師たちの話題は、今日も今日とて、ここ消化器外科の数少ない医師たちの話だ。 「まさか、泊まったとか…」 「いや~!嫌すぎる!ないないない」 「ダメ岡のくせに何なの!もう、日下部先生とツーショットとか見せるな、っての」 「そうそう。日下部先生見つけても、隣にダメ岡いたら、超萎えるぅ」 「日下部先生の回りをチョロチョロして、日下部先生の価値を下げないで欲しいよね〜」 「うんうん、本当、日下部先生に近づくなって感じ」 やだ~、と好き勝手騒ぐナースステーションの会話を、どうしたものか、やっぱり死角の廊下に居合わせてしまった山岡の耳は、しっかり聞き取ってしまっていた。 「っ…」 くるりと踵を返して、ナースステーションの前に顔を出さずに立ち去る足音が響く。 俯いて早足で向かう先は、当直室だ。 ガチャン、バタンと少々乱暴に滑り込んだ室内に、山岡以外の人の姿はない。 「はぁぁぁ…」 ふらっと室内奥の仮眠用ベッドに腰をかけ、山岡はぼんやりと床を見つめた。 「迷惑、だろうなぁ…」 人気が高い日下部の話題に、いちいち足を引っ張るような形で登場してしまう山岡の名前。看護師たちでさえ迷惑そうなのだ。 「張本人はきっともっと…」 落ち込んでいく山岡の思考に比例して、俯くどころか完全にうな垂れている山岡の頭。 「やめてもらおうかな、指導」 うん、それがいい、と山岡が呟いたところで、ガチャッと外から部屋の扉が開いた。 「何がいいんです?」 ニコリと微笑みながら入ってきた日下部が首を傾げた。 その手には分厚いファイルが1冊。 「あ、日下部先生…」 「ちゃんと来てたな、えらい、えらい」 クスクス笑って近づいてくる日下部から、山岡はやっぱり視線を逸らして俯いた。 「オペ早かったな」 「はぃ…」 「山岡。顔、上げろな?」 「……」 僅かに低い声を出した日下部にも、山岡は俯いたまま動かなかった。 「なんだそれは。急に反抗か?」 ふっと笑って日下部はファイルを手近な棚の上に置いた。 「山岡?」 「あ、あの…」 「ん?話すんなら、顔」 「あのっ!やっぱりオレ、もういいです」 「は?」 俯いたまま、ギュッと拳を握って言う山岡に、さすがに日下部も眉をひそめた。 「何?」 「コミュニケーションとか…指導とか…もうやめます。やっぱりオレなんか…」 ボソボソとそこまで言ったところで、日下部がスッと動いた。 「ストップ」 さっと伸ばされた日下部の手が、俯いた山岡の頬を両側から挟んだ。 そのままグイッと顔を上向け、真っ直ぐに山岡の目を覗き込む。 「ぃゃ…っ」 小声で叫び、首を振ろうとする山岡を許さず、日下部は手に力を込めた。 「本気?」 「っ?!」 「本気で言ってる?」 ジッと真っ直ぐに山岡の目を見る日下部に、山岡の目が頼りなく揺れた。 「山岡」 「っ…。だ、って…日下部先生、多分迷惑だから…」 逸らさせてもらえない目を揺らしながら、山岡は震える口を動かした。 「オレなんかのために…」 「スト~ップ」 「っ?」 「俺、言った?」 「え?」 「俺が迷惑って言った?」 ギュウと頬を挟む手に益々力を入れながら、日下部が山岡を睨むように見据えた。 「答えてよ、山岡センセ?」 「っ…。言われて、ない、です」 「だよね。じゃぁやめるの却下」 「でもっ…」 あっさりしている日下部に、山岡はそれでもまだ食い下がった。 「でもオレなんか…続けたところで…」 「だから、ストップ。理由が俺の負担とかなら、やめない。なぁ山岡。おまえは本当はどうしたいんだよ?」 「っ…」 「山岡の本当の気持ちで、続けるの嫌なら、仕方がないよ。でも、違わない?」 頬を挟んでいる手で、今度は労わるように優しく頬を包む日下部に、山岡は静かに目を閉じた。 「違わない…」 「目を見て言えよ」 突然ギリッと頬に指を食い込ませた日下部に、山岡は痛みからパッと目を開けた。 「山岡」 「っ…。違わ、ないっ…。オレなんか、続けたところで、どうせ無理だからっ…。時間の、無駄…っ、だから、嫌、だ」 震える声で言った山岡を見て、日下部はふっと手を離した。 「じゃぁなんで泣くんだよ…」 ポロポロと山岡の目から落ちる水滴を見ながら言う日下部から、山岡はとうとう目を逸らした。 「な~ぁ、山岡」 「っ…ひっく」 「俺との出会い、覚えてる?」 不意に、山岡の側から離れた日下部が、室内の簡易テーブルに腰かけてポツリと話し始めた。

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