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第16話
そんな、翌日。
「う~、頭痛い…」
「ぷっ、二日酔い?」
「そんなに飲みました?オレ…」
途中から記憶が…と戸惑う山岡を、日下部は可笑しそうに見る。
「多分、悪酔い。量は大して飲んでないな」
「そうですか。すみません…。オレ、何かしました?」
「いや、何も。結構早い段階で寝ちゃったぞ」
「すみません…」
「いいから、ほら、シャワー浴びて来い。朝ごはん食べたら、出かけるぞ」
ガンガンしているらしい頭を抱えながら、フラフラとリビングを横切る山岡は、バスルームの場所まで把握済みの、すっかり馴染みとなっている。
「すみません…」
「もういいから。次謝ったらお仕置きするぞ」
あまりにグダグダ言っている山岡に痺れを切らし、日下部は多少脅すように声を低くした。
「やっ…。シャワー、い、行ってきますっ」
途端にシャキンとなった山岡に笑い声を上げて、日下部はその隙に簡単な朝食を作ってしまう。
本当に卒のない日下部に、山岡は実はベタベタに甘やかされていることを知らない。
「まったく、女ならとっくに落ちてておかしくないのにな」
どんな気遣いも、胃袋掴み作戦もいまいち不発な日下部は、マメに朝食を作ってやるなんてことも、山岡には遠慮の対象ですらあれ、惚れる要素ではないらしいことを知っている。
「でもしてやりたくなるから、俺も随分…」
甘いな、と苦笑する日下部は、その状況すらも実は楽しんでいるのだった。
そうしてシャワーを済ませて、恐縮しながら朝食をとり、支度を済ませて出かけてきた2人。
山岡の私服は思ったよりもセンスが良く、日下部はそのことに多少驚いていた。
「なぁ山岡。どこか見たい店とかある?」
メンズショップもたくさん入っているショッピングモールにやってきた2人は、プラプラと適当にフロアを歩きながら、目ぼしいものを探している。
「オレは特にこだわりとかないんですけど…」
「でも、着てるのブランド物だよな?」
「そうなんですか?」
「は?知らずに着てるの?」
質の良さそうなジャケットを眺める日下部に、キョトンとなっている山岡。
日下部は、おしゃれなわけではなく、やっぱり無頓着だった、と苦笑している。
「たまたま見かけたお店で、いいなって思って買ったので…」
「天然?でも目は高いんだね」
「そうですか?」
「似合ってるし、センスいいよ」
「あ、えと…ありがとうございます…」
さすがに照れたか、ストンと俯く山岡が可愛く見える。
『重症だな、俺…』
伊達眼鏡に顔を覆う髪型を直して自慢したいと思う当たり、やられている。
「でも日下部先生のほうが…。なんか、みんな振り返りますね…」
爽やかイケメン、モデルばりのスタイルに、服のセンスはもちろん抜群。
そんな日下部は、街を行く視線を一身に集めている。本人もそんなことには慣れっこで、山岡に言われて初めて思い出すくらいだ。
「あ、そう?」
「そうですよ…。オレなんかが隣に…あっ」
ポツリ、と漏らしてから、山岡がハッとしたように自分の口を両手で覆った。
「久々に言ったな?」
「ご、ごめんなさいっ。なし!訂正っ!」
「ばっちり聞いちゃったよ?お仕置きだな」
クスッと囁く日下部に、山岡が小さく震えた。
オレなんか、の禁句をもらして受けた痛いお仕置きは、山岡の記憶に鮮明に残っていた。
「ぃゃ…です。痛いの…いや…」
すでに半泣きになりそうに俯く山岡に、日下部は内心ニヤニヤしてしまう。
(だから、そういうところが苛めたくなるんだって。やっばいなぁ、もう…)
S心に火が付き、顔が緩みそうなのを堪える日下部は、さて、どうしてくれようかと思考を巡らせる。
「懲りない山岡が悪いんじゃないの~?」
「ごめんなさい…。もう言いませんから…」
しゅんと項垂れる山岡は、日下部の目にたまらなく可愛く映る。
「クスッ。そんなに嫌?」
「はぃ…」
「じゃぁ、眼鏡取って髪上げるか」
「っ!」
「だって山岡、そうしたら実は俺より視線集めること間違いないからな。オレなんかなんて言わせないぞ?」
釣り合うどころか、きっと俺の方がかすむ、と笑う日下部に、山岡はブンブンと首を振った。
「そんなわけっ…。っていうか、嫌です。絶対いやです、こんな人がたくさん…いや…」
それはそれで泣きそうになる山岡に、日下部は楽しくてたまらない。
「許してくださぃ…」
「どうしよっかなぁ~」
「痛いのも、顔出すのも嫌じゃぁなぁ。反省してないって聞こえるなぁ」
「っ…。し、してます、反省…」
「だって、あれもこれも嫌、嫌ばっかりで」
「うぅ…」
「クスクス。しょうがないなぁ、じゃぁ、山岡から、俺にキスして」
「は?え?な、なんで…」
「お仕置き。嫌なら痛いお仕置きにするよ」
さぁどうする、と微笑む日下部に、山岡はわけがわからない。
「な、なんでそれがお仕置きになるんですか?むしろ日下部先生が嫌じゃ…」
オレにキスされるなんて、と戸惑う山岡に、日下部は強引に話を進める。
「できないみたいだから、痛いお仕置きな」
「え!や、やだ…。やりますっ。キ、キス…し、しますっ」
「そう?あ、ほっぺとか軽いのナシだぞ?」
「え…?」
「教えただろ?ちゃんと舌入れて…」
「わーっ!」
それは無理だ、と顔を真っ赤にする山岡は、いつだったか、ずっと前に日下部に褒美と言う名のディープなキスをされたことを思い出していた。
『へぇ、ちゃんと覚えてるんだ。えらいねぇ』
「く、日下部先生ぃ」
半泣きで、勘弁してと訴える山岡に、日下部はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「別にいいよ~?お尻叩いてあげても」
「っ!」
どちらでも、日下部にとっては面白いだけで、山岡がオロオロするのもさらに楽しいだけ。
完全な意地悪モードの日下部に、山岡はグズグズとためらった挙句、意を決したように頭を上げた。
「キ、キス…します、から…。あのっ、その…ひ、人が、いないところで…」
ここでは絶対に無理、と訴える山岡に、日下部はそれくらいの譲歩はと頷いた。
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