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第17話

そうして2人は、山岡の希望で、ひとけのない場所に向かって歩いていた。 そのときふと、向かいから歩いてきていたサラリーマン風のスーツの集団の1人が蹲り、周りの連れたちがざわざわと騒めいたのを見つけた。 「あれ、なんか様子が…」 「急病みたいだな」 徐々に近づいていくにつれ、人の間で蹲る男性が、腹を押さえて苦しんでいるのがわかった。 「……」 「……」 ちょっとした腹痛なら素人たちでもなんとかなる。 どうするか?と互いに視線を交わした山岡と日下部は、ふとかなり近づいたところで、蹲る男性の痛がり方と顔色が尋常でないことに気がついた。 「っ!すいませんっ、大丈夫ですか?!」 日下部に確認を取る間もなく、パッと集団の中に割り込み、男性の側にしゃがみ込んだ山岡。 すでにオフであることも、日下部とショッピング途中だったこともすっかり忘れ去ってしまった様子だ。 「はい、失礼するよ~」 山岡らしい、と苦笑しながら、日下部も山岡の後に続いて、男性の側に膝をついた。 「あの…」 突然割り込んできた男2人組に、集団の1人が困惑していた。 「ん~?あぁ、俺ら、医者なんで」 安心させるように微笑んで、男性を診ている山岡を窺った。 「どう?」 「救急車。急性腹症ですね。下部だし…板状硬。イレウス…アッペ…いや、消化管穿孔の可能性も」 「なぁ、既往…えっと、この人、手術とか癌とかやってる?ここに来るまでにお腹を強くぶつけるようなことは?」 呻いて苦しんでいるだけの男性から話は聞けそうもなく、集団の人たちに向かって日下部が聞いている。 「とにかく救急車。あなた、119番!」 たまたま側にいた男の人にビシッと言った山岡は、男性を寝かせて服を寛げはじめている。 胸から腹から押すように触りながら、目は油断なく全身を観察している。 「うぅぅ…」 「大腸…」 「急性腸炎?」 「う~ん。痛みを感じる範囲が広がっていってますね。外傷はなし。すぐレ線欲しいところです…」 男性の様子から、山岡の表情は固い。 早く、早く、救急車、と気が急いているのがわかる。 「脈は取れます。とにかく救急車を待つしか…」 そうこうしているうちに、救急隊員が担架を持って駆け付けた。 「退いて、退いてください!」 バタバタと野次馬をかき分け走ってきた救急隊員。山岡と日下部もスッと脇に避けて場所を開けた。 「急性腹症、50代男性…」 担架に男性を乗せながら、無線に向かって叫ぶ隊員。 「誰か身内の方か、付き添っていただける方は…」 もう1人が周囲を見回すのに、仲間らしい集団の人たちがチラリと山岡たちを見た。 「え?」 「この人、お医者さんって…」 失礼にも指をさされ、山岡は苦笑した。 「そうですけど、外傷があるわけじゃないから、救急車内で出来ることはありませんよ?」 医者だからと付き添う意味はないです、と引く山岡たちは、それでも救急車まではついていくつもりでいた。 「じゃぁ僕が」 仲間の1人が手を上げて、とにかく救急車まで向かうことになった。 油断なく担架の上の男性の様子を見ながら、山岡も横を走る。 万が一、腹腔内出血でも起これば、すぐに察する自信くらいはある。 「はぁ。とりあえず、搬送してもらえれば良さそうです」 救急車までたどり着き、車内に乗せられた男性に目立った変化はなく、山岡たちはそこで別れるつもりだった。 「搬送先は?」 一応聞いておこう、というつもりで口にした日下部に、返ったのは思いもよらない救急隊員の言葉だった。 「それがまだ未定で」 「は?」 「救命がどこも一杯で、受け入れてくれる救急を探してます…」 ここもだめ、こちらもだ…と、無線と話が飛び交っている。 あらら、と苦笑している日下部の横で、山岡がイライラし始めたのがわかった。 「N総合もダメ?!くそっ…」 近場は受け入れ拒否らしく、救急隊員も苛立ち始めていた。 「なんか大事故でもあったのか?」 たかが急性腹症が拒否られる意味がわからない。 ニュースでもチェックしようかとスマホを取り出した日下部の横で、山岡がパッと眼鏡を外し、髪をかきあげて顔を上げた。 「うちに」 「は?」 「少し遠いですが、決まらないでグズグズするよりは早いですよね。当直医が空いてなくても、オレが診れます」 「山岡?」 「うちの病院に運びましょう」 「いいんですか?」 「みてください、日下部先生」 「あ~、パンペリ(汎発性腹膜炎)かも?まずいね」 すでに救急車の中に乗り込んで、患者の腹を押したり、聴診器を借りて音を聞いている山岡の表情から、緊急度を察した。 「仕方ない。行くか」 ニュースを調べるつもりだったスマホを、病院への電話に変えて、日下部も救急車に飛び乗った。 「すみません、南湘記念病院に行きます。後で追ってください」 2人が乗ったせいで弾き出されてしまった付き添う予定の男に、頭を下げた日下部。 それだけ言ってすぐに、電話が通じ、通話を開始してしまう。 「…レ線、CTすぐ撮れるように…うん、そう…うん」 病院への連絡をしている日下部の横で、山岡は患者を見ながら救急隊員に病院の場所を教えている。 すぐに扉を閉め、走り出した車内に、男性の呻き声が響いていた。

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