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第24話

日下部が出て行ってから数時間。 簡単に掃除をしたり、寝室の片づけをしたりして時間を過ごした山岡は、ご丁寧に乾燥機までかけてくれてあった自分の服に着替え、帰ることにした。 日下部が帰ってくる様子はないし、連絡も特にない。 「コールの急患は終わっただろうけど…その後も急患が重なったかもな…」 日曜の救急は、忙しいときは忙しい。 時間の予測などつかないから、山岡は、さっそくもらった合鍵を使って戸締りをし、日下部の家を後にした。 「今日は1人か~」 久しぶりの1人での夕食。もちろん料理する気になどならない山岡は、適当なコンビニで弁当を買って帰る。 プラプラと日下部の家の近くのコンビニで買い物を済ませてから、タクシーを拾って家まで帰った。 翌日。 早めの出勤をしてきた山岡は、職員入口をくぐった後、やけに挙動不審な動きをしていた。 (病棟、行かなきゃだけど…行きたくない。眼鏡…本当にしちゃ駄目なの…?) コソコソと、壁際に沿って歩きながら、前から来るスタッフ、後ろから追い抜いてくるスタッフに、いちいちビクビクしている。 スーツの胸ポケットには、実は日下部の家の、例の高い棚からちゃっかり回収してきた眼鏡が入っている。 「っ…」 無意識に手がいってしまうのを、必死で押さえつけながら、山岡はいつにもまして深く俯き、髪を限界まで顔の前に寄せて、のそのそと病棟の更衣室に向かっていた。 「来たよ、来た。ダメ岡」 「ちょっ、なんかいつも以上にスカイテリアってない?」 そろり、そろりと病棟にやってきた山岡を、ナースステーションから見つけた看護師たちが、チラチラと見て噂する。 一体何の造語か、すっかり代名詞のようになっている山岡の見た目を表す言葉が、ヒソヒソと交わされている。 「ね、ね、誰か、声掛けなよ」 「え?いや、何か、挙動不審すぎて怖いんだけど」 「でも一昨日見たんでしょ?超美形」 「な、なんか、本当にダメ岡だったのかな~?とか、今となってはわからなくなってきた…」 ひそひそ、こそこそとやっている看護師たちの視線をひしひしと感じている山岡は、顔を上げることも出来なければ、普段通りに挨拶すらできなくなっている。 会話の中身こそ聞こえていないが、好奇の目が向いているのはわかるような気がして、山岡は小走りになりながら、病棟奥の更衣室に消えていった。 「はぁぁぁっ。やっぱり無理だ…。眼鏡、掛けよ…」 更衣室に入り、スーツのジャケットを脱いだ山岡は、白衣を羽織った後、ロッカーの鏡を見て、うん、と1つ決心する。 一瞬、『今後眼鏡を掛けたらお仕置きな?』と意地悪く笑う日下部の声が脳裏に蘇ったが、このままでは仕事にならない、と思い、約束を無視して、眼鏡を取り出した。 「うん、よし」 顔が隠れたことに安心し、ヒラリと白衣を翻して更衣室を出た瞬間、随分と間が悪いことに、ちょうど更衣室に入ってこようとしていた日下部とばったり鉢合わせた。 「っ!」 「おはよう、山岡先生」 ニコリ。柔らかい微笑みなのだが、その目が山岡の顔の眼鏡を捉えた瞬間、キラリと意地悪く光った。 「へぇぇ。それは、喧嘩売ってるの」 「っ…」 ニコリ。どこまでも笑顔を絶やさないまま、ジロッと山岡を見る目だけが鋭い。 「昨日帰ったら、案の定眼鏡がなくなっていたのは知ってたけど。へぇ?そっかぁ。反抗しちゃうか~」 「っ~」 『お仕置き覚悟って受け取っていいの?』 コッソリ。わざと声を低くして、耳元で囁いてきた日下部に、山岡はパッと耳を押さえて飛び退いた。 「ちがっ…」 半分涙目になりながら、ブンブン首を振る山岡を、日下部は追い詰めるように笑みを深める。 「違わないよね?現に眼鏡、してるように俺には見えるんだけど」 「っ…」 わざわざ白々しく言う日下部に、山岡が泣き出しそうになったとき、別の同僚が呑気に更衣室前に現われた。 「あ~、おはようございます、日下部先生に、山岡せんせ?」 ねむ~、と言いながら、あくびをしつつ頭を下げる同僚の医者に、山岡がパッと脇に避け、ペコンとお辞儀をする。 「おはようございます。あっ、オレ、外来行かなきゃ!失礼しますっ」 このタイミングを逃しちゃ駄目だ、とでも思ったか、急いで踵を返し、逃げるように去っていった山岡。 「あ~、逃げた…」 チッ、と同僚登場のタイミングの悪さを呪いながらも、日下部は、楽しみが後に長引いただけで、むしろ余計に楽しめる、と内心でほくそ笑んでいた。 「ん?日下部先生?入りませんか?」 山岡が去っていった方を見つめ、にやりと不敵な笑みを浮かべている日下部を、同僚の医者が不思議そうに見ている。 「あぁ、入ります」 危ない、危ない、と思いながら、ふわりといつもの爽やかな笑みを浮かべ直して、日下部は同僚と連れだって更衣室内に消えていった。

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