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第37話
そうして結局、1人で料理を完成させてくれた日下部に恐縮しながら、2人は遅めの夕食をとった。
もう今日は泊まれ、という日下部の命令のもと、山岡は日下部が食事の片づけをしている間に、シャワーを借りる流れとなった。
以前に日下部に言われた通り、何着か着替えは運んであるし、大分来慣れたこの家に、それほど遠慮もなくなってきている。
サァサァと熱いお湯を浴びながら、山岡は一日の疲れを癒し、ホッと一息ついていた。
「あの…お先に、ありがとうございました…」
ほかほかと湯気を立てる身体を、ゆったりした寝間着に包んだ山岡が、風呂から上がってリビングに顔を出した。
すでに片づけが終わり、ソファでくつろいでいた日下部が、ふと振り返る。
「あぁ、ちゃんと温まった?」
「はぃ…」
「んじゃ、俺も入ってこよ。先に寝ててもいいぞ」
「いえ…」
長めの前髪からポタポタ水滴が落ちているのを、首に掛けたタオルが吸い込んでいる。
「っていうか、髪、乾かしてから寝ろよ」
ツン、とすれ違いざまにおでこをつついていった日下部が、そのまま浴室に消えていった。
ガシガシとタオルで髪を拭きながら、ソファに座った山岡は、ぼんやりとしている。
特に見るテレビもなく、雑誌を読みたい気分でもない山岡は、無意味に時間を過ごす。
そうしてどれくらいボーッとしていたか、ふと、浴室から続くドアが開いて、湯上りの色気をまとった日下部が現れた。
「っ!」
「あれ?本当に起きてたんだ。寝てていいって言ったのに」
「いえ…」
「ん?どうした?」
ススス、と俯いていった山岡に気づいたのか。日下部が、ゆっくりとソファに近づいてきながら首を傾げた。
「っ…いえ…」
「……?」
俯いたまま固まっているような山岡を不思議に思いながら、日下部は、そっと大分乾いた山岡の髪に手を伸ばした。
「っ!」
途端に、ビクリと身を竦ませた山岡。
日下部は、ハッと手を引き、その反応の意味を考えた。
(そうか…怖い、よな。俺、さっき襲ったもんな…)
山岡の身が竦んだ理由が、自分の乱暴のせいだろうと思った日下部は、そっと山岡から距離をとって、寝室の方に目を向けた。
「…もう寝る?山岡」
「…え?あ、はぃ…そうですね…」
「寝室、行こうか」
日下部は、敢えて山岡の反応をさぐるつもりで、その単語を少し強めて言った。
途端にやっぱりギク、と強張る山岡の身体。
(あぁ、警戒するよな…。参ったな…)
目に見えてガチガチに強張る山岡の身体を見下ろし、日下部はどうしたものかと思案した。
一方、日下部にそんな風に心配されているとは思いもよらず、山岡は、風呂上がりのわずかに上気したゾクリとした色気のある日下部に、欲情を感じていた。
思わず目を逸らしてしまったのも、触れられそうになって焦ったのも、自分のそんなはしたない思いに気づかれたくなかったせいだ。
(ど、どうしよう…。オレ、変だ…。は、恥ずかしい…)
何故か疼く身体を持て余し、山岡は、ソファで固まったまま、ひたすら困惑していた。
そこへ、寝室、なんて言われたものだから、余計に意識してしまう。
ますます固くしてしまった身体をどうしようもできず、山岡はガチガチに強張ったままソファで俯いていた。
「え~と、山岡?」
「っ!はぃ」
「…俺、ほんと、反省してるから」
「え…?」
「もう乱暴な真似は絶対しないって誓うから…寝室行って寝ような?」
「っ、ぁ…」
とにかく自分が悪かったから、折れなくちゃな、と誠意を尽くす日下部に、山岡はふとその勘違いに気づいた。
「もしそれでも信用ならなかったら、今日は俺、こっちのソファで寝るから…」
山岡は寝室に、と言う日下部に、山岡は慌てて首を振った。
「違っ…」
「ん?」
「違います、その、そうじゃなくて…」
「山岡?」
何故か慌てたようにパタパタと手を振る山岡に、日下部がコテンと首を傾げた。
「違うんです、オレ…その…」
「ん?」
「その…あの…」
モジモジと、俯いたまま言葉を濁す山岡に、日下部はさすがに意味がわからないでいる。
ジッと見つめてくる日下部の視線からいたたまれなさそうに身を縮めて、山岡は思い切って口を開いた。
「その、あの…し、したい…って、いう、か…」
「え…?」
「あ~っ、や、やっぱり何でもないです、ごめんなさい!」
ぽろ、と言っては見たものの、やっぱり恥ずかしくなってしまったのだろう。
カァッと顔を真っ赤にしてますます俯いてしまった山岡に、日下部はバッチリ言葉の意味を聞きとって、パァッと顔を輝かせた。
「わかった。おいで、泰佳」
「っ…」
「優しく、優しく抱くよ」
「っぁ…」
「好きだよ、泰佳」
先ほどの、手酷い扱いの記憶に上書きするように。
身体を重ねることが、気持ちよくて幸せでたまらない記憶になるように。
差し出された日下部の手をオズオズと取った山岡は、寝室に導かれ、それはそれはとても大事そうに、日下部に抱かれた。
快感と悦びに涙する山岡を抱きながら、日下部もまた幸せに頬を緩めた。
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