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第44話
「ビッグニュース!ビッグニュース!」
「今朝は何よ」
ワーッと盛り上がっているナースステーションは、今日も朝から怖いほどのテンションの高さだ。
「昨日、ついに見ちゃったよ~!日下部先生がさ…」
「なに、なに?」
「山岡がさ、川崎さんの病室で、仲良く雑談しちゃってたんだよね~」
「うんうん、それで?」
「外来上がった日下部先生が山岡探しててさぁ、川崎さんのところにいる、って知ったら、慌てて走ってさ~」
「うんうん」
「何があったかはわからないけど、不機嫌な顔した日下部先生が、山岡の腕引っ張って連れ出してきて、そのまま当直室に消えていったの」
ふふふ、と自慢げに笑っている看護師が、わざと気を持たせるように間を置く。
「それで?それで?」
ワクワクと、聞き役の看護師の目が期待に輝く。
「だいぶ経ってから出てきた山岡がね、泣いた後だったの~!しかも、腰が引けてて、超ぎこちなく歩いてたんだよ!」
キャァッと叫ぶ看護師の脳内に何が起こっているのか。聞いていた看護師たちの目がキラキラしたことが物語る。
「それって…」
「それでしょ」
「もしやの…川崎さんに嫉妬した日下部先生が、当直室で山岡に…」
「おまえが誰のものか、身体にわからせてやる~!って?キャァッ」
「院内でお仕置きエッチ~?!ヤダァ!萌え~!」
ワーッと盛り上がりまくっている看護師たちに、やっぱりお約束のように廊下の影から出られなくなっている山岡。
今日は日下部も一緒だ。
「本当、妄想力、すごいよね…」
顔を真っ赤にして俯いてしまっている山岡に苦笑して、日下部は呆れたように肩を竦めている。
「これは、揃って出ていったら、餌食にされるな…」
「ぅぅ…」
外来行かなきゃなのに…と困っている山岡の頭を、日下部はポンと撫でた。
「俺が先に出てって引きつけるから、その隙に通過しちゃえな」
大丈夫、と笑う日下部に、山岡がフラリと顔を上げる。
「でもそれじゃぁ日下部先生が…」
犠牲に…と心配そうな目を上げてくる山岡に、日下部はニコリと微笑んだ。
「俺は大丈夫。あんなの軽く躱せるよ」
いい子、いい子、と言わんばかりに山岡の頭を撫でて、日下部が足を踏み出した。
「じゃぁまた昼な」
「っ…はぃ」
今日は山岡が外来、日下部が病棟だ。
ヒラリと白衣の裾を翻し、日下部がナースステーションの方に歩いて行った。
「キャァッ、日下部先生っ。おはようございます」
「キャァッ、おはようございますぅ」
早速囲まれる日下部を覗き見て、山岡は1つ深呼吸をする。
「おはよう…。で、なんで悲鳴なの」
「え?いやぁ、それはです、ね?」
「うんうん。あたし、日下部先生の味方ですからね!」
「私も、私も!断然、日下部先生派ですから!」
キラキラとした目を向けられて、日下部が苦笑する。
「負けないでくださいね!あたしたちみんな、日下部先生の方を応援してますから!」
ワイワイと日下部にたかる看護師たちを横目に、山岡はタタタッと足早にナースステーションの前の廊下を通過して行く。
「なんのことやらさっぱりだけど。きみたちが朝からとても元気なことはわかったよ」
「んもぅ、もう隠さなくたって」
「ね~。あたしたち、わかってますから」
ふふ、とウインクしている看護師に、日下部はそれはそれは綺麗な笑みを返す。
「そう…わかっているんだ?…朝の回診時間がとっくに過ぎていることも、ラウンド準備が全く出来ていないことも」
ニコリ。綺麗で、静かに怖い笑みを向けられた看護師たちが、ギクリとなりながらも顔を赤くする。
「わかっていたら、はい、仕事!俺、回診出るよ。担当誰かな?待たないよ?」
クスッと笑ってヒラリと白衣を翻す日下部に、看護師たちが慌ててバタバタと動き出し始める。
「ヤバい~。そのつれないところがイイ~」
「クールで素敵すぎ!」
「食えない~っ。でもそこが惚れるぅ~」
キャァッと、今度は別の悲鳴を上げながらも、ようやく仕事に取り掛かった看護師たち。
日下部お付き担当が急いで後を追うのを、さりげなく待っているところが、日下部がモテる所以か。
(山岡、無事に行けたみたいだな)
看護師たちの熱い視線を置いて、日下部の頭の中は山岡だけに真っ直ぐ向いていた。
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