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第47話
それから2日後。
ついに、川崎の手術の日がやってきた。
先日の日下部と川崎のやりとりはまったく知らず、山岡は朝の回診で、のんきに川崎の部屋を訪れていた。
「おはようございます、川崎先生」
「おはよう。なぁ、だからいい加減に、その先生ってやめない?」
「あ~…では、川崎さん?」
「言いにくそうだな…。まぁいいけど…」
「すみません…。えっと、今日はいよいよオペですが…。気分はどうですか?」
失礼します、と言いながら、触診を始める山岡に、川崎はふんわりと微笑む。
「とてもいい」
「そうですか。ん。問題ありませんね」
チラリと後ろについてきた看護師が開いているパソコンを覗いて、山岡が頷いている。
「数値も安定しています。本日午後、予定通り手術になると思います」
前髪のせいでいまいち表情が読めないが、山岡が微笑んだだろうことはなんとなくわかる。
「山岡先生は?」
「オレですか?体調、気分ともに万全ですよ」
「そっか」
「何かご質問や不安なこと、ありますか?」
オペ前でナイーブになっているだろう川崎に尋ねたが、川崎はにこりと笑って首を振った。
「大丈夫。信じてるよ、山岡先生。すべて、任せます」
「ありがとうございます。お任せ下さい」
いつも、俯いて、モソモソとしゃべるのが常だったはずの山岡が。
堂々と顔を上げ、前髪こそあるものの、真っ直ぐ、自信たっぷりに言い切った。
『変わったな…。日下部…のお陰か…』
こそりと呟いてしまう川崎は、あの自信過剰ともいえそうな俺様な医者の顔を思い浮かべる。
「では、また手術室で」
「うん。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコンと頭を下げていった山岡を、川崎はゆったりとした気分で見送る。
その川崎には、術前の不安など、まったく存在していなかった。
「ねぇねぇ、山岡、さぁ…」
「うん?」
「なんか最近、あたしヤバいかも…」
う~ん、と唸る看護師は、いつもの噂話…の割りには、今日はやけに低めのテンションだ。
「どうしたのよ?」
「え~、その、さぁ…。ときどき…本当にたまにだよ?」
「うん」
「格好良く見えるっていうか…」
はぁっ、と溜め息をついている看護師に、聞いていた看護師も思案顔になる。
「私も…思ってたんだけど。なんか、頼れる?みたいな…」
う~ん、と呟く看護師たちは、一体どうしたことか。
ダメ岡が山岡になり、いままさに、山岡先生に昇格でもする寸前か。
やけに山岡に好意的な意見が出始める。
「ヤバイよね。なんか、物も落とさなくなったし、顔は上げてるし、思ったより判断とか指示とか的確だし…」
「うんうん。ピンと背筋も伸びてるもんね。患者にも真っ直ぐ受け答えして、声も出てるし…ヤバ」
「ん?」
「格好いいかも、山岡」
うわ~、と頭を抱えている看護師たちを、廊下の陰から日下部が盗み見ていた。
『クスクス。やぁっと気付いてきたか?遅すぎだっての…』
ふふ、と1人ほくそ笑む日下部は、ライバル出現の危機にも、まったく動揺はない。
むしろ、その状況を歓迎すらしている。
『俺の山岡だぞ。格好いいに決まってる。ふふん、今さら気付いたって、もうあれは俺のものだからな』
にやり、1人満足に浸る日下部は、全てが計算ずくだ。
「はぁっ。日下部先生はきっと、初めから気付いてたんだね~」
「そういうことだね…」
「日下部先生から取れるとは思わないし…。だけど、あたし、もう少し山岡に協力的になろっと」
「うんうん、そうだよね」
「今までいっぱい馬鹿にしちゃって悪かったな。これからはちゃんと敬うことにする!」
よし!と気合いを入れている看護師に、日下部がゆったりと頷いている。
「私も、他の先生方と同じように山岡のこと見るわ」
日下部の思い通りに変わっていく看護師たちの評価と、計算通り進む現状を、日下部はゆったりと眺める。
「さぁて、仕事、仕事」
パッと切り替えた看護師たちが、パタパタと動き出すのを見計らって、日下部は廊下の陰からゆっくりと歩み出した。
「あっ、日下部先生。今日のオペ出し、あたしなんですけど…」
「うん?」
さっそく日下部の姿を見つけてパッと集まってくる看護師の中で、日下部は、ほんのりと1人、満足な笑みを漏らしていた。
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