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第49話

明け方、容態も安定しており、心配なさそうなのを見て取って、山岡は病院を後にした。 久しぶりに真っ直ぐ自分の家に帰り、熱いシャワーを浴びる。 そうして少し仮眠を取った後、出かける支度を始めた。 山岡が帰った後、いつもと同じくらいの時間に出勤してきた日下部は、外来前に病棟の回診に歩いていた。 すでにICUから病室に移っていた川崎のもとへも訪れる。 コンコン。 「おはようございます」 「んっ…おはようございます…」 ベッドに寝転んだまま、目は覚ましていたらしい。 ゆっくりと首だけ日下部の方を見た川崎が、スゥと目を細めた。 「日下部先生…?」 「はい。どうですか?」 パタ、パタと川崎のベッドに近づきながら、日下部はゆるりと首を傾げた。 「少しぼんやりします…。痛くはないかな。とにかく眠いです…」 「休めるだけ休んでいただいていいですよ」 「そうですね…。あの、オペは?」 「また山岡の方から説明はありますが、成功と言っていいでしょう」 「取りきれたんですか?」 「えぇ」 「さすが…山岡先生だ…。昨日、麻酔から覚めたときに、会ったような…」 ぼんやりと微笑む川崎に、日下部も微かに笑みを浮かべた。 「多分本物でしょう。昨日はずっといたようですから」 「そうですか…。今日は…」 「休みを取っています」 サラリと言う日下部に、ふと、川崎が不思議そうな顔をした。 「日下部先生、なんでいるんです?」 「え?」 「一緒に行かなかったんですか…」 へぇ?と呟く川崎に、日下部は意味がわからず首を傾げた。 「あれ…?山岡先生、何も言ってないんですか?」 やけに不思議そうにしている川崎に、不思議なのは日下部の方もだ。 「何をです?」 「いや…日下部先生、山岡先生の過去…ほぼご存知なんですよね?」 知らなかったら言えない、と言う川崎に、日下部は頷いた。 「えぇ。聞いていると思います」 「山岡大先生のことも?」 「はい」 静かに頷く日下部に、川崎はふぅっと息を吐いた。 「今日、命日ですよ」 「っ?!」 「有休、取っているんでしょう?墓参りです。毎年必ず」 当たり前のように言う川崎に、日下部は複雑な心境になった。 「お墓に…」 「まだ続いているんですね…」 山岡が大学病院を去ってから今までは、さすがに川崎にもわからない。 だけど今年もこの日に休みを取っている山岡に、変わらぬその想いに、川崎はなんだかホッとした。 「でも…1人で行ってしまいましたか…」 ふぅ、と息を吐く川崎は、少しだけ寂しそうな目を日下部に向けた。 「きっと日下部先生を誘うことなど考えもつかないのでしょうね」 山岡先生らしいといえばらしい、と苦笑する川崎に、日下部の目が珍しく揺らいだ。 「……」 「怒っちゃ駄目ですよ、日下部先生」 日下部の揺らぎが苛立ちだと感じた川崎が、ピッと釘を刺す。 日下部は、スゥッと目を細めて、そんな川崎を見た。 「直接怒りを向ける気はありませんが、腹は立ちます。腹が立って、寂しいですね」 「ははっ…痛っぅ…」 やけに素直な日下部に、思わず笑ってしまった川崎が、腹の痛みに呻いた。 「大丈夫ですか?あなたはまだ術後1日も経ってないんですから…」 「大丈夫です…でも、おれにそんな顔、見せますか?日下部先生ともあろう人が」 不敵に笑っているのが似合う、と笑う川崎に、日下部はさすがに苦笑した。 「だって、普通黙って行きます?昨日オフの話にだってなったのに、何も言いませんでしたよ。そりゃ、現実的に考えて、同じ科で平日に同時に2人も有休取ったらきついのはわかりますよ?だからって、そんな大事な行き先、一言くらい言ってくれても…と俺は思うんですけど」 いくらかムッとしながら言う日下部に、川崎はなんだか可笑しくてたまらなかった。 「拗ねてます?」 「……」 「日下部先生って、意外と可愛いところがあるんですね」 「何を言い出すんです…」 「あぁそうか。そういえば、おれに嫉妬したり、山岡先生自慢してきたり…意外じゃなく、元々可愛かったんですよね」 「山岡絡み限定です」 ふっ、と悪びれる様子なく言う日下部に、川崎は苦笑してしまう。 「ノロケですか、それは」 「ふふ。お好きに解釈して下さい」 「やはり意地悪です。山岡先生、大丈夫なんですか?」 どうみてもSな日下部に、さすがに山岡に同情しそうになる川崎。 「さぁて?まぁ今夜帰ってきたら…こういう場合の恋人への対応の仕方、たっぷり躾け直してやります」 にやり、と不敵に笑う日下部に、川崎はやっぱり日下部は日下部か、と苦笑した。 「まぁ…あまり苛めないであげて下さいね」 可愛い後輩ですから、と言う川崎は、日下部への誓いをきちんと守っている。 「クスッ。それは山岡次第でしょう?」 「ははは。まぁ山岡先生が選んだんだから何も言いませんが…」 「大丈夫ですよ。たっぷり苛めて、たっぷり甘やかしてやります」 ニコリ。綺麗な笑みを浮かべて平然とのたまう日下部に、川崎は山岡の今夜を思って、胸の中で手を合わせた。

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