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第51話
そうしてまた電車に揺られ、今住む街に戻ってきた山岡は、ふと自宅に向かうことなく、日下部のマンションに足を向けた。
駅前のデパートで、酒や食料を適当に買い漁り、袋を提げてやってきた日下部のマンション。
日下部の部屋の前で、インターフォンを押してみるか、合鍵で入ってみるか一瞬悩んだところに、通路を歩いてきた日下部とばったり出会った。
「え?山岡?」
「あ、日下部先生…。早いですね」
驚いたように声を上げた日下部に、恥ずかしそうに俯いて行ってしまう山岡。
日下部が、そんな山岡を嬉しそうに見つめる。
「早いったって、もう7時近いよ」
「あ、はぃ…」
「ん?どうした?上がらないの?」
「あ、あの…」
モジモジと俯く山岡の内心は、日下部には面白いほどにわかった。
「クスクス。夕食。約束守って、ちゃんと来たんだろ?」
多分、違う。
それをわかっていながら、日下部は山岡が理由にし易い言葉を放ってあげた。
こういうスマートなところがモテるのだ。
山岡は、そんな日下部の思惑には気付かずに、これ幸いとその理由に飛びついている。
「は、はぃ」
「クスクス、どうぞ」
山岡を追い抜いて、ドアを開けて押さえてくれる日下部に、山岡はオドオドしながら室内に入った。
「お邪魔します」
「クスクス、ただいま」
玄関を入って、きちんと靴を揃えている山岡を見下ろしながら、日下部は機嫌が上昇していく自分を感じていた。
(無意識に足が向いたか…。少しは会いたいと思ってくれたか。いや、習慣か。まぁ、どれでもいいけど、嬉しいね)
自分が山岡の中を侵食していっていると思うと、今朝の苛立ちもスゥッと消えていくようだった。
「なぁ山岡。何を買ってきたんだ?」
揃ってリビングに向かいながら、日下部は山岡が重そうに持っている袋に目を向けた。
「あ、お酒と…なんか、食べ物です…」
リビングに入り、どうぞとリビング側からキッチンカウンターに袋を置いた山岡に、日下部はキッチンの方に回り込んでから、それを引き寄せた。
「おっ、いいワイン。こっちは?ビールと…ははっ」
ガサガサと袋を漁った日下部は、中に、人参、ピーマン、ジャガイモ、豆腐、ブロッコリー、うどんの麺に、牛肉の塊、かまぼこ…と、一体何を目指しているのか訳のわからない食料が詰め込まれているのを見て笑ってしまった。
「これは…何を作って欲しかったんだ?」
「あ、あの…カレー…と思ったら、なんか麻婆豆腐も食べたくなって…そしたらうどんを見つけて、たまにはうどんもいいなとか…」
要は、目についたものを片っ端から買った結果がこうなったわけか。
「クスクス。そうきたか」
統一性のない食材を面白く思いながらも、山岡の口から、食べたくなる、という言葉が出ることに喜ぶ日下部。しかも、カレーも麻婆豆腐も、1度は日下部が作って食べさせたことのあるメニューだ。
「ふふ。計算じゃない辺りが強いよな~」
「え?日下部先生?」
「ん、何でもない」
クスクス笑いながら、さらに袋を漁った日下部の目が、あるものを見つけてスゥッと細くなった。
「で。これは喧嘩売ってるのか」
「っ!違っ…」
ガサリと出されたのは、カップ麺が数個と、スティックタイプのバランス栄養食品、同じくゼリータイプのものがいくつかだった。
「あ、あのですね、それは…」
「これは?」
「えっと、その…か、カップ麺…た、たまに食べたくなるから…あと、当直用のストックに…」
ワタワタと慌てて言い訳している山岡に、日下部はこっそりと笑ってしまう。
実は病院の当直室に何気にみんなストックしてあるのを知っているし、山岡も例外じゃないことは承知だ。
「ふふ。疚しくなければ慌てなくていいのに」
「っ…だって…怒られるかと…」
シュンと俯く山岡に、日下部はにっと頬を緩めてしまう。
(だから苛めたくなるんだって…)
「それは期待?」
「なっ…そんなわけっ…」
カァッと頬を赤くする山岡に、日下部は楽しくなりながら、カップ麺とバランス食品を袋に戻していった。
「夜食がカップ麺で…こっちは朝食?なぁ山岡、今度から、山岡の当直明けには、俺が早めに行って、弁当持って行ってやるよ」
「え…」
「朝食は大事だろ」
素人でも知っている。それが、健康を守るプロである医者がこの有り様ではよろしくない。
元々料理が嫌いではない日下部は、大して負担にもならないだろうと思っている。
「あの、えっと…」
「俺がやりたいの」
「っ…。はぃ、あの、ありがとうございます…」
恐縮しながらも、素直に受け入れるようになった山岡に、日下部は本当に嬉しくなる。
(染まってきてるね~)
いい傾向に馴染んできたことを喜びながら、日下部はゆっくりと食材を仕分け始めた。
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