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第52話

「あ、そういえば…」 ふと、日下部はご機嫌なまま、山岡に聞きたかったことを切り出した。 「はぃ?」 「今日休みで、どこか行って来たの?」 本当は知っていたが、知らん顔をして尋ねた日下部の、演技力は完璧だ。 山岡はリビングのソファーに座りながら、キッチンの日下部を振り返った。 「あ、お墓参りです…」 サラリと答えた山岡に、隠す気はないと知れて、日下部はホッとする。 「そう」 「山岡さんの、命日なんです、今日…」 「そっか」 「はぃ…」 緩く微笑む山岡に、日下部は、さぁて、教育するか、と少し意地悪に思った。 「なんで行く前に教えてくれなかったの?」 「え…?」 「山岡の養父だろう?そんな人の命日なんだから。まだ紹介してくれとか、一緒に連れて行けとまでは言わないけどな、一言くらい教えて欲しかったな」 ニコリと微笑んだ日下部に、山岡が首を傾げた。 「え?なんでですか?」 キョトンとする山岡に、日下部の機嫌がスゥッと下降気味になった。 「なんでって…」 恋人だからに決まっている。養父とはいえ、父という立場の人の命日を、墓参りを教えることは、普通するだろうと日下部は思う。 なのに山岡は、キョトンと爆弾を投下した。 「だって日下部先生には関係ありませんよね…?」 首を傾げている山岡に、日下部の機嫌は一気に下降し、ピシッとどこかにヒビが入る音が鳴った。 「そうくるか…」 日下部は、頭ではわかっている。 山岡に悪気がないことも、突き放すつもりで言ったわけでも、拒絶からの発言でないことも。 ただ、純粋に、関わりがない、という意味で、その言葉になったことも。 だけど、わかっていても、ザクッと容赦無く放たれた刃のような言葉に、腹が立つのは止められなかった。 せっかくのご機嫌も地の底に落ち、Sモードのスイッチが入る。 「言ってくれるな、泰佳」 「え…?」 「恋人に向かって関係ないと来たか。これはその辺り、じっくりたっぷり教えてやらないとならないわけだ」 「え?え…?」 「傷ついたな~。泰佳に関係ないなんて言われて」 シュン、と憐れっぽい表情を浮かべる日下部に、山岡がワタワタとソファから立ち上がる。 「えっ…あの…」 「泰佳のことならなんでも知りたいと思うし、ましてや泰佳の大切な人の命日だぞ。俺だって、山岡氏がいたから、今の泰佳に出会えたと思っているし、関係なくなんかないつもりだったのに…」 まくし立てるように言えば、山岡が困惑して冷静さを失っていくのを知っている。 わざとそうする意地悪な日下部。 「っ…あの…」 「俺は蚊帳の外?泰佳にとって、俺っていう恋人はそんなもん?悲しいなぁ。ショックだな」 しょんぼりと傷ついた振りをした日下部に、山岡は慌てた挙句、日下部の罠にまんまと落ちた。 「ご、ごめんなさい…」 Sモードの日下部に、1番言ってはいけない台詞を、山岡はついに口にしてしまった。 自らの落ち度を認めるようなその謝罪の言葉は、日下部の目論見通りの、深い罠。 「へぇ?悪いと思ってるの?」 よしきた、と言わんばかりに、にこぉっと黒い笑みを浮かべた日下部が、罠に掛かった獲物を追い詰める。 「っ…はぃ」 それにも気付かず、山岡は日下部に申し訳なさそうに反省を見せている。 「へぇ…じゃぁ、俺が気が済むように、お仕置きしていい?」 「お、仕置、き…?」 ビクッと途端に身を竦ませる山岡に、日下部はゾクリとするような色気を放つ。 「うん。お仕置き。受けるよな?」 ニコリ。優しく笑う日下部に、山岡はストンと俯いていきながら、小さく口を開いた。 「日下部先生を傷つけてごめんなさい…。でも…痛いのは…嫌です…」 シュンと項垂れる山岡に、日下部の表情は、それはそれは楽しそうに笑み崩れる。 「うん。ショックだった…けど、痛いお仕置きはしないよ」 「っ…」 パッと顔を上げた山岡が、日下部を見ながら、それでもなお、渋った。 「あ、あの…っ、ろ、ローターも…」 何時ぞやのお仕置きを思い出したか、嫌々と首を振る山岡に、日下部はニコリと優しく微笑む。 「わかった。ローターも使わない」 約束、と言い切る日下部に、山岡の身体から少しだけ力が抜けた。 「っ…なら…」 「うん、お仕置きな」 『大丈夫、最後は狂いそうなほど気持ちよくさせてやる』 クスッと笑う日下部は、思い通りに運んだことに浮き足立ちながら、ソファの前で反省を見せている可哀想な獲物に、にやりとほくそ笑んだ。

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