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第54話

翌日、山岡はフラフラしながらも、なんとか出勤してきていた。 「ねぇねぇ、見た?」 「見た見た。ツヤツヤの日下部先生」 「反対に山岡はヨロヨロだったね。あれは…」 「あれだね」 「キャァッ!激しい~」 ワァッと盛り上がっているナースステーションだが、激しいのは朝から妄想炸裂させてるお前らだ!と言いたくなる。 「っていうか、アンニュイな山岡がヤバイ」 「わかる…。山岡なのに、色気が半端ない。あたしやられそう…」 「うんうん。日下部先生はいつも色気たっぷりだけど、山岡は最近色気が増したし、ギャップ萌え過ぎる…」 「でもそれってやっぱり…」 「でしょ~。日下部先生にあんなことやこんなこと、開発されちゃってる証拠…」 いや~ん、と叫ぶ声が聞こえたところに、日下部が平然と登場した。 「俺のだからね?狙わないでな」 ニコリと、これまた悲鳴が上がるような発言を、面白がってぶちかます日下部。 案の定、看護師たちのトーンが倍跳ね上がった。 「それはやっぱり~!」 「日下部先生ぇ~、あたしも躾けて~」 「俺のとかっ、私も言われたい~っ」 キャァァと好き勝手言う看護師たちに、日下部はニコリと綺麗に微笑んだ。 「きみたち、魅力的だから。ライバルになられると、俺に勝ち目ないでしょ?だから、牽制」 クスクス笑う日下部に、看護師たちの熱が上がりまくって、その目は完全にハートマークだ。 「魅力的なんて、そんなぁ」 「いやですぅ。あたしは日下部先生一筋ですぅ」 「素敵すぎ!日下部先生に敵う人なんていませんよぅ。最高すぎ」 サラリとたらす日下部は、やっぱりモテモテで、最終的に、視線も話題も全部かっさらっていくのだった。 「朝から賑やかだね、ここは…」 看護師と日下部がワイワイやっていたところに、いつの間にか他の医者と、部長が来ていた。 もちろん山岡の姿もある。 「わ。あの気怠そうな仕草…」 「やっぱヤバイわ。色気にあたる…」 ヒソヒソ。山岡を見て内緒話をする看護師たちに、聞こえている日下部が苦笑している。 それでもサラリと無視をして、やってきたみんなにニコリと笑顔を向けた。 「おはようございます、光村先生、みなさん」 「おはよう。さぁ、病棟カンファ始めるよ」 パンパンと手を打った光村に促され、みんなそれぞれ、ナースステーション内の机を囲むように立った。 「今日は、申し送りと伝達の前に、私から1つ」 光村が切り出しながら、その後ろについていた、白衣の男を前に出した。 「今日からうちに入る研修医の原元一(はら げんいち)くんだ。みんな、色々教えてやってくれ」 スッと前に出された、短髪が活発なイメージを与える、爽やか好青年といった感じの医師が紹介された。ドクターコートではなく、ケーシータイプの白衣姿。 ニカッと笑う笑顔が若い。 「初めまして!精一杯頑張ります!よろしくお願いします!」 ペコンと深く頭を下げる姿も、好感が持てるものだ。 「うんうん。まぁ頑張ってくれ。それでオーベンだが…」 チラ、チラ、と山岡と日下部とベテラン医師を順番に見た光村が、1つ頷いて、口を開いた。 「日下部先生、お願いできる?」 「俺ですか?あ~、はい」 「じゃぁそういうことで。原くん、こちら、日下部先生。この人についてね」 「はいっ。よろしくお願いします!日下部先生っ」 「うん、よろしく」 ペコンとまた深く頭を下げる原に、ニコリと微笑む日下部。 一瞬、ざわ、とざわめいた看護師たちは何を思ったのか。 昨日の日下部の意地悪のせいで怠くてたまらない山岡は、ぼんやりとかったるそうにそんなカンファを眺めていた。 午前中、外来看護師にもヒソヒソ噂をされながら、どうにか外来をやり切った山岡が、病棟に上がって来ていた。 キョロキョロと姿を探しているのは、日下部か。 「あ、山岡先生。日下部先生をお探しですか?」 「え…あ、はぃ…」 不意に、たまたま通りかかった看護師が声を掛けてきたのに、オドオドと俯いてしまう山岡。 「さっき原先生と一緒に処置室行きましたよ。もうすぐ来ると思い…あ、来ました」 看護師が教えてくれている途中で、廊下の向こうから歩いてきた日下部と、何かを一生懸命話している原が見えた。 「あ…」 「ん?あぁ、山岡先生。あれ、早いね」 クスッと笑いながら、日下部が山岡の側まで歩いてきた。 隣の原が、日下部から話を切られてしまい、口を閉じてジロッと山岡を見る。 「てっきり今日はもっと遅くなるかと」 クスクス笑う日下部は、時計の針がまだ12時半前を指していることに不思議そうだ。 「え…?」 「いや、こっちの話。じゃぁお昼行く?」 ニコリと微笑んで、山岡の方に並んでしまう日下部に、原がジトッとした目を向けた。 「日下部先生っ!先ほどのお話なんですけど…」 「ん?あぁ、また後でね。休憩時間だよ。原先生も早くお昼食べておいで」 ふっと笑って、山岡の肩をポンと叩いて歩き出そうとする日下部を見て、原がタタッとそんな2人の前に回り込む。 「おれもご一緒していいですか!」 勢い込んで言う原に、山岡が窺うように隣の日下部を見上げ、日下部は少々迷惑そうに苦笑した。 「休憩時間まで、上司と顔を突き合わせるのって、嫌じゃない?」 気を使うでしょ、と笑う日下部に、原はブンブン首を振りながら食い下がった。 「おれはご一緒したいです!」 真っ直ぐな原の勢いに呑まれ、思わず山岡の方が頷いてしまう。 「日下部先生?本人がいいなら…オレはいいと思いますけど…」 「……そうだね」 山岡の助け船に、非常に面白くなさそうな気分になりながらも、日下部はそんな表情はわずかも見せずに、ニコリと笑って見せた。 「じゃぁ行こうか」 「はぃ…」 ストンと頷く山岡を見下ろしながら、日下部は苦笑する。 山岡と反対側の日下部の隣についた原が、やけにテンションを上げていた。 (俺は山岡と2人で食べたかったんだけどな~。わかってないなぁ、山岡。これは再教育が必要か?) にやり、と内心でとても不穏なことを考えつつも、微妙にダラダラとかったるそうに歩く山岡に気づいて笑ってしまう。 (まぁ、昨日は少し無理をさせたからな…。また日を置いて、たっぷり躾をするか) ウキウキと楽しい計画を立てながら、日下部は、山岡と原と連れだって食堂へと歩いていった。

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