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第56話
午後の仕事もダラダラとこなし、時計はすでに7時を回った。
「ふっぁぁ…帰るかな~」
医者の仕事部屋である医局で、山岡は大きく伸びをしながら、机の上を片付け始めた。
「あ~、いた。今日はナースステーションじゃなかったのか」
バタンとドアを開けて、日下部が入ってきた。
「あ、日下部先生、お疲れ様です」
「ん、お疲れ。そんでもって、俺はまだ帰れない…」
「そうですか…」
「原先生の指導が終わらない…。明日のオペ、入れるつもりでな。予習付き合うから、もう少し遅くなりそうだ」
「わかりました。今日はオレ、1人で帰りますね」
「悪い。ちゃんと夕食食べろよ?」
テクテクと、山岡の机の側まで歩いてきた日下部が、コツンと山岡の額をぶつ。
むっとしながら顔を上げた山岡の顎を、素早く捕えてしまった。
「んっ…」
「ふふ、ごちそうさん」
素早くディープキスを奪っていった日下部が、ニコリと微笑んだ。
「っ~!」
カァッと顔を赤くした山岡が、キッと日下部を睨む。
けれども前髪に隠れたそんな視線など、日下部には痛くも痒くもない。
「ふふ。その目は、誘ってるの?」
意地悪に微笑む日下部に、山岡は口をパクパクさせて言葉を失う。
その手がふらりと持ち上がって、日下部を殴ろうとした瞬間…。
バタン。
「あ~、日下部先生、いたいた。急にいなくならないでくださいよ。おれ、まだ質問が…」
「…原先生。だから、さっき渡した本の指定したところを読んでろと…」
「読みましたよ~、それでここがわからなくて…」
チラッと山岡に視線を流してから、やけに日下部にくっついて持ってきた本を示す原。
キスとからかいの余韻でテンパっていた山岡は、バタバタと支度をして、慌てて部屋を出ていこうとする。
「お、お先に失礼しますっ。お疲れ様でしたっ」
パッと日下部と原の横を走り抜け、ドアに飛びつくようにして部屋を出ていく山岡。
「ちょっ、山岡先生待って…」
「何ですか?あれ」
バタン、パタン、と慌ただしく去っていった山岡を見て、日下部が苦笑を浮かべ、原がコテンと首を傾げていた。
けれどもその原の目は、ギラリと鋭く光っていた。
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