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第67話

「っ…」 どうしよう、と困っている山岡がキッチンカウンターの向こうに見える。 ポツンと床に座り込んだまま、1人百面相をしているのが可笑しい。 (取っていいのか考えてるのかな…?俺は終わりなんて言ってないんだから、駄目に決まってるのに) 日下部は、含み笑いをしながら、こっそりとバレないように山岡を窺いつつ、料理の手を動かす。 (ふふ。続きは食事の後。まぁ、食事中もそれ入れっ放しにさせるから、お仕置きと同時進行か) 楽しい計画を立てながら、日下部は加熱した鍋に材料を入れて混ぜ始めた。 「……」 眉を寄せて、変な顔をしたまま、山岡はまだ床から動かない。 日下部は、グラタン皿にタネを入れ、オーブンの中にセットした。 焼き時間を設定し、その間にサラダとスープをささっと作ってしまう。 テーブルの上にカトラリーをセッティングして、焼き上がるまでの時間に、ゆっくりとリビングに戻った。 「山岡」 「っ…」 そっと声をかけただけの日下部に、ビクッと大袈裟に反応する山岡がおかしい。 中のローターは動かしていないから、ジッとしてさえいれば、それほど存在感はないだろう。 恐る恐る日下部を見上げてくる山岡の視線を受けながら、日下部はニコリと綺麗な微笑みを浮かべた。 「もうすぐできるけど。いい加減、立ちあがったら?」 いつまでも床にいることを指摘した日下部に、山岡の目がウルッと潤んだ。 「っ…あの…これ…取っても…」 縋るように向けられる山岡の視線に、日下部はフッと笑った。 「駄目。入れたまま食べろ」 「っ…そんな…」 「別に動かしたりはしないから」 「っ、でも…」 「あまりグズグズ言うと、動かすよ?」 ニコリと笑いながら、ポケットに入れていたリモコンを、わざとらしく取り出して見せる日下部。 山岡の顔が途端に青褪め、フルフルと小さく首を振った。 「わ、わかりました…」 別に力づくで強制されているわけではない。山岡が本気で抵抗して逆らう気になれば、きっと簡単なことなのに。 それでも日下部の思う通りに従ってしまう山岡は、もうすでに日下部の支配の罠に落ち切っている。 (もともと素直だから、馴染むねぇ) たまらない、と色気を含んだ笑みを浮かべながら、日下部はピーッと鳴ったオーブンの音が聞こえて、スッとキッチンに戻った。 「席についてろな」 後は運ぶだけだから、と笑う日下部に、山岡の目が絶望に曇る。 身動きしたくないことも、椅子なんかに座りたくないこともお見通しで、敢えてそれを要求する日下部は、本当に意地悪なのだ。 「山岡?ほら、早く」 キッチンに行って、アツアツのグラタン皿をミトンをした手で持ってきた日下部が、まだ床でグズグズしている山岡を急かした。 「ぅ…はぃ」 のそっと床に手をついて、嫌々立ち上がる山岡が可笑しい。 ギュッと眉を寄せながら、ノロノロとダイニングテーブルに移動する姿は、完全に腰が引けている。 「ぅ…」 後ろの異物を意識してしまうのか、不快そうに歪む顔が可哀相で可愛い。 「はい、どうぞ召し上がれ」 テーブルの上に料理をセットし、日下部が山岡のために椅子を引いた。 「……っぅ」 渋りながらも、結局素直に腰を下ろすところが山岡だ。 座った瞬間、ローターの位置が変わったのだろう。ブルリと小さく震える体が可愛い。 日下部は、そんな山岡の一部始終を堪能しながら、自分も料理を整えた自分の席に座った。 「いただきます」 「い、いただき、ます…」 ピタ、と手を合わせて、きちんと頭を下げる山岡は、いつもこうして礼儀正しい。 好感を持ちながら、山岡の様子を窺いつつ、日下部はニヤニヤとお仕置き中の食事を楽しんだ。 そうして結局、そんな状態の中でも、山岡はきちんと出された料理を完食した。 「美味しかったです。ごちそうさまでした」 ふわりと微笑んで言う言葉に嘘はないだろう。 綺麗に空になった皿が、そのことを裏付けている。 日下部は、そのことに嬉しくなりつつも、これから本格的に苛められる前のささやかな平和なひと時を楽しめ~と意地悪な考えを浮かべていた。 空になった食器をシンクに運び、軽く流して食洗機にセットする。 その間にソファに移動していた山岡をチラッと見て、日下部はキッチンの壁際のキャビネットからふとあるものを取り出して、手に持ってリビングの山岡の側に向かった。 「さぁて、泰佳」 「っ…」 「お腹も一杯になったし。お仕置きの続き、しよっか」 ニコリ。まるで食後のティータイムの誘いのように気軽に楽しそうに言う日下部に、山岡の表情がピシッと固まった。 「ん?まさかそれだけで終わりなんて思ってないだろ?」 それ、と言いながら、山岡の下半身を示す日下部に、山岡の顔がカッと赤くなる。 そうしてソロソロと俯いていってしまう顔は、まさか本当にその程度で許して欲しいとでも思っているのか。 「甘いな。今日の山岡はいっぱい悪い子だったんだから」 「っ、悪い子って…」 「俺に暴言は吐くし、前に叱ったのにまたオレなんか発言かますし、手は振り払うし挙句原とくっつけだっけ?」 「そ、そこまでは…」 言ってない、と言おうとした山岡だけど、それに近いことを言った記憶はあった。 「う…」 「なっ?まだまだたっぷりお仕置きが必要だろ?」 「っ…」 ニコリと微笑まれて、思わずコクンと頷いてしまう従順さは何なのか。 (うわ~、たまらない~) それが日下部のS心をどんどん燃えあがらせているとも知らずに、山岡はシュンと俯いて素直に反省していた。 「さてと、わかったら、取りあえずこれ飲んで」 先ほどキッチンのキャビネットから手にしてきた1粒の白い錠剤。ついでに持ってきた水の入ったコップを山岡に渡す。 「え…?なに…」 明らかに、何かの薬だ。けれど、何の刻印もない、白くて丸くて少し大きめのそれの得体が知れない。 山岡は日下部を窺いながら、恐々とそれを受け取った。 「あの…」 「飲んで。毒ではないよ」 それはそうだろう。それくらいの信用はしている。 だけど、だからといって効能が何かもわからない薬を大人しく飲みこめるほど山岡にも危機感がないわけではなかった。 「大丈夫。俺は医者だよ?害があるものではないから」 「っ…」 「副作用も心配ない。飲まなきゃ、口移しで無理やり飲ませるぞ」 クスッと笑う日下部の目に本気を感じ、山岡はグッと覚悟を決めて、エイヤッと薬を口の中に放り込んだ。 渡された水をゴクゴクと大量に飲み、錠剤を一気に流し込む。 「んっ…」 ゴクンッと喉元を通過した錠剤を感じながら、山岡は不安に揺れる目を日下部に向けた。 「あの…オレ、何を飲ん…」 恐る恐る尋ねてくる山岡に、日下部はニコリと壮絶な笑みを向ける。 「さぁ、なんだと思う?」 「っ…」 「きっと効果は山岡の身体が教えてくれるんじゃない?」 わざと意味深に言葉を選ぶ日下部に、山岡がグルグルと考え始めたのがわかった。 そうして山岡がたどり着いた結論は。 「まさか、びやく…?」 やたら素人くさく言った山岡に、日下部はただニコリと微笑んだ。 「そ、んな…」 ふらりと泳いだ山岡の目を見て、日下部は内心で笑ってしまう。 (俺は肯定してないけど?ふふ) 「日下部先生…」 「ん?なに?」 「っ…」 ゾクッと快感でも得たのか。突然言葉を詰まらせ、ピクンと身体を揺らした山岡が可笑しい。 「ふふ。即効性だからな~」 意味深に呟く日下部に、山岡の目がゾワリと欲望を宿したのが見えて、日下部はまんまとハマった素直な恋人に壮絶な笑みを向けた。

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